階層列車
いつだって、どこだって、誰だって。
みんな、なりたい自分を目指して生きている。
自分もそれが例外ではなく、何者かになりたかった。
けど、何者にもなれなかった。
惰性で生きていく日々に、飽き飽きしていたのに関わらず、自分から殻を破ることをしなかったのだ。
「しょうらいのゆめは、XXXになることです!」
無理だよそんなの。
お金がかかるでしょう?公務員や安定した者にしなさい。
だめよ、そんなの危ないわ。危険でしょう?
そう言われ続け、気づけば何も夢を抱かなくなっていた。
言われたことを守ることが偉い子なのか。
偉い子がいい子なのか。
はたしていい子が、いいのか。
そのいいの定義から考え始めたら、途端にきりがなくなる気がする。
「って、俺は何を考えているんだか」
変に哲学の本なんか書店で買うからだ。
妙なことを考えてしまったと、俺は思う。
気動車の車内、青春18切符を使った一人きりの旅行。大学が決まって、一段落した春休み。
正直、何も考えていなかった。
自分が何になりたいだとか。
何がしたいとか。
そんなこと、考えることを忘れていた。
今はただ、ゆらりゆらり揺れる車内と、心地よいディーゼルサウンドと、時々なる金属音に、いやされていたいのだ。
変なことを考えることはやめて、今はそれを満喫しよう。
気動車はいい。
電車もいいが、気動車の方が好きだ。
気動車というのはいわゆる、エンジンで動く列車のこと。都市部ではあまり見かけなくなったが、九州はまだある。列車は豊肥本線の宮地駅へ。
「ドアが閉まります。ご注意ください」
発車時刻になり、電子ブザーが鳴ってドアが閉まる。
その時少し違和感があった。
突然、人の気配がしなくなったのだ。
みんな降りたのかと思ったが、そうではない。
ドアが閉まった瞬間から、車内にいた人の気配がなくなったのだ。
運転手はさすがにいるだろうと向かうと、誰もいなくなっていた。
それなのにも関わらず、ブレーキは緩解し、マスコンが動く。
「おい、嘘だろ。誰もいねえのかよ」
気動車の自動運転でも始めたんだろうかと一瞬思ったが、そんな情報なんてあれば急いで駆けつけたはず。
けど、そんなことは聞いたことがない。
「この電車は、階層列車です」
「なるほど、営業運転していないのか、降りよう」
そう思った矢先だった。
電光掲示板に表示されている文字が、回想列車ではなく、階層列車と表示されていることに。
「バグ?」
「違うよ」
「誰だ?」
後ろを振り向くと、白い服に長い黒髪の少女が、自分の目の前に立っていることに気がついた。
「俺はタケル。君は?」
「私はリカ」
「リカちゃんか。人形みたいだな」
「ここは、階層列車。貫通扉を進むと、奥に進めるよ」
「階層列車?」
「その名のとおり。階層になってるんだよ。ダンジョンだね」
「意味分かんねえよ」
「ここは本来、ヒトが来ちゃ行けない場所だから」
「そうなのか。それで俺は巻き込まれてしまったと」
コクン。と、リカと名乗る少女は頷いた。
「だから、先に進まないとここから出られない」
「気動車の中に一生暮らせるなら、本望だけどな。けど、なんだか気味が悪いし、先に進むか」
リカの言うとおりに、タケルは貫通扉を開けた。
螺旋階段が続いている。ここからだと、どこが一番下なのか、よくわからない位置にいる気がする。
「進めばいいんだな?」
「うん。階層列車だから」
一段一段降りる度に、ピアノの音が聞こえる。
なんだか落ち着かない。
ドシラソファミレド・・・・と、ピアノの音がどんどん低くなっているように聞こえる。
「階層列車だから」
「何も言ってねえよ」
「あ、信号が黄色になるよ、減速して」
「は?」
少女がそう答えた瞬間、目の前に信号機が現れ、黄色信号に切り替わった。
電車であれば注意信号、確かある一定の速度まで減速しなければいけないはずだ。
「黄色は注意。歩くのを遅くしないとえーてぃーえすがなって一生ここから出られなくなる」
「俺は歩く電車かよ。まあそういうのはなれてるからな」
なんとなくこの世界のことを少しずつわかり始めた。
この世界は列車のルールとか、言葉とかをもじっているんだ。
回送電車。いわゆるお客さんを乗せない状態のことを言う。
その回送をもじって、階層か。
よくわからん。
何段か降りると、スイッチのような段があり、それを踏んだ瞬間、目覚まし時計のような、ジリリリリリという音が急に鳴り響いた。
「えーてぃーえすがなっちゃった」
「駅が近いんだろ。確認ボタンとかをおせばいいのか」
「うん。確認ボタンを探して」
「探すのか!?」
キンコンキンコンキンコン・・・・・と、ATSの音が鳴り響く。
ATSはAutomatic Train Stop .自動列車停止装置の略称だ。
運転手はその装置が鳴ったら、確認ボタンを押して電車を所定の速度まで減速・もしくは停止させないと、電車事態が自動でブレーキをかける、保安装置みたいなものだ。
その音は割と好きだったのに、急に命の駆け引きになっていないかと、焦り始めた。
あたりを見回しても、ボタンらしきものは見あたらない。
まさかと思って、自分の体を探ると、胸のあたりにボタンがあったことに気がついた。
これ、やる気スイッチかよ。
俺は迷わずそのスイッチを押した。
ジリリリリリリリリリリという音は鳴り止み、キンコンコンコンという音だけが鳴り響く。
「えーてぃーえす。確認しました」
「なんだ?」
「ここのえーてぃえすは、Automatic Time Skip だよ」
「は?」
「たいむすりっぷしまーす~~」
「この列車は、高校行きです。
回想列車となります。
特定のお客様以外のご乗車はできませんので、ご了承ください。」
急にアナウンスが聞こえ始めた。
「お、おい!?どういうことだよ」
階層が崩れ初め、自分の体が光り始める。
「君の高校生活に戻るよ」
「は?」
「ドアが開きます。ご注意ください」
階段の途中でドアが開き、少女に背中を押された。
俺は、電車の外へ出ると、見慣れた高校の校門に立っていた。
それは、夏。
俺は自分の体を見ると、白いシャツに黒いズボン、所謂学生服を着ていた。
手にはカバン。
通学する学生たち。
高校は卒業したはずなのに。
慌てて自分のスマホで時間を見る。
2017年7月20日。
2年前。令和の年号も知らない、高校1年の夏休み。
俺は、タイムスリップしたのだろうか。