表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

階層列車


 いつだって、どこだって、誰だって。

 みんな、なりたい自分を目指して生きている。

 自分もそれが例外ではなく、何者かになりたかった。

 けど、何者にもなれなかった。

 惰性で生きていく日々に、飽き飽きしていたのに関わらず、自分から殻を破ることをしなかったのだ。

 

「しょうらいのゆめは、XXXになることです!」


 無理だよそんなの。

 お金がかかるでしょう?公務員や安定した者にしなさい。

 だめよ、そんなの危ないわ。危険でしょう?


 そう言われ続け、気づけば何も夢を抱かなくなっていた。

 言われたことを守ることが偉い子なのか。

 偉い子がいい子なのか。

 はたしていい子が、いいのか。

 そのいいの定義から考え始めたら、途端にきりがなくなる気がする。


「って、俺は何を考えているんだか」


 変に哲学の本なんか書店で買うからだ。

 妙なことを考えてしまったと、俺は思う。

 気動車の車内、青春18切符を使った一人きりの旅行。大学が決まって、一段落した春休み。

 

 正直、何も考えていなかった。

 自分が何になりたいだとか。

 何がしたいとか。

 そんなこと、考えることを忘れていた。

 今はただ、ゆらりゆらり揺れる車内と、心地よいディーゼルサウンドと、時々なる金属音に、いやされていたいのだ。

 変なことを考えることはやめて、今はそれを満喫しよう。

 気動車はいい。

 電車もいいが、気動車の方が好きだ。

 気動車というのはいわゆる、エンジンで動く列車のこと。都市部ではあまり見かけなくなったが、九州はまだある。列車は豊肥本線の宮地駅へ。


「ドアが閉まります。ご注意ください」

 

 発車時刻になり、電子ブザーが鳴ってドアが閉まる。

 その時少し違和感があった。

 突然、人の気配がしなくなったのだ。

 みんな降りたのかと思ったが、そうではない。

 ドアが閉まった瞬間から、車内にいた人の気配がなくなったのだ。


 運転手はさすがにいるだろうと向かうと、誰もいなくなっていた。

 それなのにも関わらず、ブレーキは緩解し、マスコンが動く。


「おい、嘘だろ。誰もいねえのかよ」


 気動車の自動運転でも始めたんだろうかと一瞬思ったが、そんな情報なんてあれば急いで駆けつけたはず。

 けど、そんなことは聞いたことがない。

 

「この電車は、階層列車です」

「なるほど、営業運転していないのか、降りよう」


 そう思った矢先だった。

 電光掲示板に表示されている文字が、回想列車ではなく、階層列車と表示されていることに。


「バグ?」

「違うよ」

「誰だ?」


 後ろを振り向くと、白い服に長い黒髪の少女が、自分の目の前に立っていることに気がついた。


「俺はタケル。君は?」

「私はリカ」

「リカちゃんか。人形みたいだな」

「ここは、階層列車。貫通扉を進むと、奥に進めるよ」

「階層列車?」

「その名のとおり。階層になってるんだよ。ダンジョンだね」

「意味分かんねえよ」

「ここは本来、ヒトが来ちゃ行けない場所だから」

「そうなのか。それで俺は巻き込まれてしまったと」


 コクン。と、リカと名乗る少女は頷いた。


「だから、先に進まないとここから出られない」

「気動車の中に一生暮らせるなら、本望だけどな。けど、なんだか気味が悪いし、先に進むか」


 リカの言うとおりに、タケルは貫通扉を開けた。

 螺旋階段が続いている。ここからだと、どこが一番下なのか、よくわからない位置にいる気がする。


「進めばいいんだな?」

「うん。階層列車だから」


 一段一段降りる度に、ピアノの音が聞こえる。

 なんだか落ち着かない。

 ドシラソファミレド・・・・と、ピアノの音がどんどん低くなっているように聞こえる。


「階層列車だから」

「何も言ってねえよ」

「あ、信号が黄色になるよ、減速して」

「は?」


 少女がそう答えた瞬間、目の前に信号機が現れ、黄色信号に切り替わった。

 電車であれば注意信号、確かある一定の速度まで減速しなければいけないはずだ。 


「黄色は注意。歩くのを遅くしないとえーてぃーえすがなって一生ここから出られなくなる」

「俺は歩く電車かよ。まあそういうのはなれてるからな」


 なんとなくこの世界のことを少しずつわかり始めた。

 この世界は列車のルールとか、言葉とかをもじっているんだ。

 回送電車。いわゆるお客さんを乗せない状態のことを言う。

 その回送をもじって、階層か。

 よくわからん。


 

 何段か降りると、スイッチのような段があり、それを踏んだ瞬間、目覚まし時計のような、ジリリリリリという音が急に鳴り響いた。


「えーてぃーえすがなっちゃった」

「駅が近いんだろ。確認ボタンとかをおせばいいのか」

「うん。確認ボタンを探して」

「探すのか!?」


 キンコンキンコンキンコン・・・・・と、ATSの音が鳴り響く。

 ATSはAutomatic Train Stop .自動列車停止装置の略称だ。

 運転手はその装置が鳴ったら、確認ボタンを押して電車を所定の速度まで減速・もしくは停止させないと、電車事態が自動でブレーキをかける、保安装置みたいなものだ。


 その音は割と好きだったのに、急に命の駆け引きになっていないかと、焦り始めた。

 あたりを見回しても、ボタンらしきものは見あたらない。

 まさかと思って、自分の体を探ると、胸のあたりにボタンがあったことに気がついた。

 これ、やる気スイッチかよ。

 俺は迷わずそのスイッチを押した。


 ジリリリリリリリリリリという音は鳴り止み、キンコンコンコンという音だけが鳴り響く。


「えーてぃーえす。確認しました」

「なんだ?」

「ここのえーてぃえすは、Automatic Time Skip だよ」

「は?」

「たいむすりっぷしまーす~~」


「この列車は、高校行きです。

 回想列車となります。

 特定のお客様以外のご乗車はできませんので、ご了承ください。」

 急にアナウンスが聞こえ始めた。


「お、おい!?どういうことだよ」


 階層が崩れ初め、自分の体が光り始める。


「君の高校生活に戻るよ」

「は?」

「ドアが開きます。ご注意ください」


 階段の途中でドアが開き、少女に背中を押された。

 俺は、電車の外へ出ると、見慣れた高校の校門に立っていた。

 それは、夏。

 俺は自分の体を見ると、白いシャツに黒いズボン、所謂学生服を着ていた。

 手にはカバン。

 通学する学生たち。

 高校は卒業したはずなのに。


 慌てて自分のスマホで時間を見る。

 2017年7月20日。

 2年前。令和の年号も知らない、高校1年の夏休み。

 

 俺は、タイムスリップしたのだろうか。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ