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ロックポートもグロスター同様に海沿いの街だが、その町並みは観光地と呼ぶべき街であった。整備されたビーチにホテルの並ぶ通りはキングスポートには及ばないが、その和さとどこか懐かしい町並みは娯楽性よりも心の休息にはうってつけの場所になっている。
「ここはいつ来ても変わらないな。前に来たのは二年前か」
「そうね、新しいホテルのパーティーだったかしら。そこまで遠い場所じゃないのにね」
海辺から離れた森の近くにカザノフ家の屋敷がある。それこそ子供の頃、父様と一緒に来た以来だった。このあたりの有力者ではあるが屋敷の様相は実に質素であり、上品な庭園に開拓期に建てられたらしい屋敷は落ち着いた威厳があった。
「さて仕事よ」
車を降りるとルイスの父、トマス・カザノフが両手を広げて出迎えてくれた。上流階級特有の冷たさの様な物を感じさせない、気さくな人であることは変わっていなかった。
「よくきたねアリス。ヴォルフ君も久しぶりだな。すっかり大きくなって。ささっ、ウチのがパイを焼いているから中で話そう」
ヴォルフが珍しくかしこまって照れ臭そうにしているのが可笑しかった。
屋敷の中では香ばしい匂いが微かにして、メイドとトマスさんに案内された客室で椅子に腰かけた。
「まだアイツは帰ってこんのか」
「先月手紙が届きました。今はタヒチに向かっていると、実に楽しそうな文面で安心しています」
「オドラーからは無いのかね」
「そういった事にマメな父親ではないので」
「父の手紙の最後にオドラニエルおじ様の事が少しありますの。親子揃って不愛想の照れ屋なのですよ」
「そうかそうか。アイツもとんと顔を見せんがその様子なら安心だな」
焼きたてのアップルパイはとても美味しく、トマスさんの話す父達の昔話は今の父からは想像しがたい内容だったが楽しそうに話すトマスさんが嬉しかった。ちょうど皆のアップルパイが無くなった頃に私は今日ここに来た理由を話し出す。
「今日はルイスさんの事でお訪ねしましたの」
トマスさんはさほど動揺もなく紅茶を一口含んでゆっくりと話してくれた。
「一か月ほど前だ。ルイスはキングスポートの郊外に新しく工場を新設する為に向こうにしばらく滞在していた。土地と人の目処がついたと家族に連絡したそうだ、父親が久しぶりに帰ってくると孫達は嬉しそうに話してくれたよ。だが、約束の日を過ぎても帰ってこん。向こうでトラブルがあったのだろうと息子家族をなだめめたがそれなら連絡の一つもしただろう、そういう事にはマメな事は嫁も分かっていた」
「それで警察に頼んだのですね」
「いや、事前に私が探した後にだ。向こうの知り合いに確認してもらって息子はキングスポートを約束の日の前日に出発していたそうだ」
トマスさんは淡々と話す。同じ事を話し馴れてしまったのか、その言葉にあまり感情が含まれていないように感じる。しかし疲れや落胆の様な負の印象は伺えない。
「警察からは、何か進展は」
「さっぱりさ。初めは逐一報告があったが、いつ汽車に乗っただの、アーカムからの足取りが分からないだのと。じわりと不運を教えられている様でな。嫁の方が参ってしまったので、今は私にだけ報告するようにしている。もっともここ数日は報告も無くなってしまったがね」
「辛い日々だと思われます」
「いっそ遺体でも見つかった方が気が楽になるのだが」
咄嗟に「そんなことっ」と言いかけるとトマスさんが手振りで遮った。
「アリス、私達はもう若くない。感情を抑える事に馴れすぎてしまった。今はただ穏やかに過ごしていたいのさ。特にアイツにはな」
ニカッと笑って目配せする先には花に水をやる小母様の姿があった。それを見つめるトマスさんの表情はこれまでに見たことのないモノだった。