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 ああ、どうして車の後ろ座席は居心地がいいのかしら。程よく揺れとタイヤが地面を踏みしめ進む音が小気味良く、そこにエンジンのうねる音が絶妙に重なり合う。硬さを感じるシートに横になって読む本はいつもより進みが早い。

「どうしたの。ほらっ、もっと飛ばしなさいよ」

「勘弁してくれ、湧いて出たネクタイ共が溢れてるんだ」

 港から警察署までの道すがらネオンの眩しい通りがある、一目でそうと分かるほどの典型的な繁華街にはスーツであふれ若い女の嬌声も響いている。本当に湧いて出たと表現できる位に人で溢れている、今までどこに詰め込まれていたのだろうかと聞きたくなる。

「もうそんな時間か、これじゃしょうがない。安全運転でな」

「俺はいつもそうしてる」

 どの口が言うのかといつも思うが、いつもの事だと夕暮れのかすかな灯で狂乱な英国紳士の探偵小説に没頭した。排他的な雰囲気と確かな知性溢れる主人公をヴォルフと重ねてため息がでる。

「なんでアンタはこんな素敵な男にならなかったのかしら」

「すまんな、つまらん男で」

 道が開け車のリズムも上がり、灯もオフィスと街灯の物が増えてきた。速度も落とさず警察署に乗り入れ乱暴に止まる。

「どこが安全運転のなのかしら」

「どこもぶつけてないだろう」

 本当に不思議そうに返すとぼけた顔に言い返す言葉もない。外にいた数人が「またあいつらか」といった顔をしていたが、私もまたさぼっているのねといった顔で返す。

 仰々しい入口を開くと、あいかわらず忙しそうに少ない職員達がてんやわんやしている。数人がぎょっと私を見て目を逸らすが、並ぶ机の右奥に明らかに新人そうな女性が見えたのでカウンターから彼女を眺めた。彼女は視線に気付いたてもチラチラとこちらを気にしている様で、三度目に目が合った時に観念したのかこちらに来てくれた。

「どの様なご用件で」

 事務的だがどこか自信の無い口調に彼女がここにきて間もない人間である事がわかる、年中顔を見せている私が知らない顔だからそうなのだろう。

「パニエル警部はいらっしゃるかしら、今日会う約束をしていたのだけど」

 まだここの職員の名前も憶えていないだろう狼狽える彼女が答えるより先に、後ろの年配の職員が「彼なら資料室で頭を抱えてるよ」と答えてくれた。どうもとお礼を伝えると彼女は大げさな手振りで呼んできますと資料室へ駆けていった。

「アリス嬢ちゃん、あんまり新人を茶化さないでやってくれよ」

 私はニカッと笑って「顔を覚えてもらうにはいいでしょう」と答えると「印象は悪かったがな」とヴォルフが漏らす様につぶやく。待合室で座ってどうでもいい話をしているとさっきの彼女に連れられ、パニエルがひょこひょこ歩いてきた。くたびれた制服と整えられていない髪が彼の多忙さを表している。

「ありがとうお嬢さん、忙しいところ悪かったわね」

 彼女はたどたどしく「いえ」と答え結った後ろ髪を左右に揺らしながらサッと持ち場に戻ってしまった。

「可愛いわね、」

 そううっかり漏らすと「そうなんですよね」とパニエルも彼女を目で追いながら漏らした。

「アリスさん、今日何か約束してましたっけ」

「ちょっと調べ物をお願いしたくて、」

「僕もそんなに暇じゃないんですが」

「そう、ならベア小父様にお願いしようかしら」

 パニエルは手を振り慌てて「いや、署長には」と私たちを待合室の奥に座らせた、どうやら承諾してくれるようだ。

「ここ何か月かの未成年の家出事件、いやもう失踪事件と言っていいかもね。その資料が欲しいのよ」

「あー、どうでしょう、一応捜査資料はあるでしょうけど。担当でもない僕が、ましてや民間人に横流すってのは」

「シュチュアート家脅迫事件、あの時の借りがあるでしょう」

 おそらく、いや絶対に今私はとても憎たらしい笑顔になっている。

「それにココだけじゃないでしょう。ミスカトニック、ボストン、キングスポート。こちらでわかるだけで32人。公になってない分も全部よ」

 その仕事量を想像しているのかパニエルの半開きの口から声が出ていない。返事に困っている様だったのでこちらで背中を蹴飛ばしてあげよう。

「できるの、できないの。私は出来る人にしか頼み事はしないわよ。それに今は家出として扱われている子も、その真意は分からないのよ。無事な子もいるかもしれない、そうじゃない子もね」

「アリスさんなら、それをどうかできると」

「そうよ。そうでなくてもアナタ達とは違う調査網があるのは知ってるわよね」

 パニエルは火も付けず煙草を咥え一息考えたあと「わかりました」と。

「ただ、まず出せるのはグロスターの調査記録だけですよ。ボストンやキングスポートへは交渉してみます」

「素晴らしい、やっぱり君は警察官だ」

 私とパニエルは握手し、交渉は成立した。パニエルは線の細い男だが握手から伝わる感触は力強い男のものだった。

 これ以上長居も不要なので先ほどの彼女に手を振り礼を伝え、署の入口までパニエルが見送ってくれた。グロスター分の捜査資料は明日の朝には私の家に届く様にしてくれるそうで、そう言う彼は今日も徹夜になるなと弱音を漏らしていた。

 車でヴォルフが「パニエルは警察官として大丈夫なのか」と私に問いかける。

「パニエルは出来る男だよ。のんびりしている様だが決断は早くて、おおよそ現実的な事を実直に行う。もし彼より出世の早いヤツがいたら、私はまずそいつの不正を疑うね」

「そんなものかね」

「そうさ。そうじゃなければやってられないね。それよりちゃんと安全運転で帰りなさいよ」

「俺はいつも安全運転だ」

 クラクションを鳴らしながら車は揺れた。

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