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 エンドロールが流れ、薄暗いホールには疎らに席を立つ人の影が動く。フィルムの回る音がよく聞こえる後ろの席は、たまらなく寝心地が良い。ふかりとした座りのいい椅子は映画を快適に観せたいのか、それとも快適に眠らせたいのか。私にとってはどちらでも嬉しい事だ。ポップコーンの程よい満足感が映画の余韻と交じり、私の中でもう一つ映画が上映を始めた矢先。

「お嬢、、おい。お嬢」

 肩を揺らされハッと気の付いた時にはニュースが上映されていた。インスマウスでの密造酒の大規模な取り締まりの続報だった。近隣都市の事件だった為、当初は街もその話題で持ち切りで酒の買い占めなんぞが起こったが。

「害がなければ足が早いものだな」

 ぐわんぐわんと揺らされながらそんな事を思う。

「なんだ、起きてるじゃないか。お嬢、仕事だ」

 ヴォルフはその大きな手を離すとコークを飲みながら目配せして出口に促す。私はそのコークを奪い取り空にしてやった。

「漁港組合で一悶着やってる。些細な事だが話を聞いてしまったからな。放っておけない」

 炭酸の刺激が目をハッキリと覚醒させ、背筋を伸ばさせた。売店で二本コークを買いなおしヴォルフの運転で港に向かう。事のあらましは道中で聞いた。一人の少年が漁港で働き口を探していた、身なりも悪く子供だった為どこも雇ってはくれなかった。だが雇ってもらえなかった理由がもう一つあった。少年はインスマウス出身の様だった。

 漁港の連中は日頃些細な事を気にする連中ではない。出身や産まれより、その人間自身を受け入れるかどうかで判断している所だ。気持ちのいい連中ばかりだ。ただ、時勢が悪かった。この町では昨今御法度の、酒の密輸がおおっぴらに行われている。それが少年となんら関係は無いはずだが、インスマウスでの摘発と彼を結び付けそのゲンの悪さを嫌ったのだ。

「ヴォルフはどうしてその少年を助けたいんだ」

「見逃すと今日の酒が不味くなりそうだったから」

 素晴らしい回答であり、私も同感だった。漁港についた時刻は昼前、落ち着いた漁港には漁具を手入れする者や、船を整備する者しかおらず早朝特有の慌ただしさは過ぎのんびりしたものだった。

「この話私が預かる」

 ドンッとドアを開き詰所に響く声で宣言した。煙草をふかし談笑する初老の二人組、そして若い三人組。初老の男性は上を指さし「二階だよ、嬢ちゃん」と煙草を咥えながらカラカラ笑った。奥の階段を上り部屋に入ると屈強な男と少年、そして組合員の女性がいた。

「なんだ、ワイルド嬢。また首突っ込みに来たのか」

「ごきげんようホエールさん、そうよまた首を突っ込みにきたの。マルベルごきげんよう」

 マルベルは軽い会釈と手招きするような仕草で挨拶する。少年は私に目もくれずホエールを見続ける。

「ホエール船団の若頭がわざわざ。子供の説得も満足に出来ないのかしら」

「子供は苦手なんだ、お前も含めてな」

「なら今度、町の子供たちに教えてあげなきゃいけないわね」

 私はズカズカと少年に近づき、両頬をつかみじっと目を射抜く。

「ごきげんよう少年(ボーイ)。名前と年は」

「少年じゃない。離せ」

 ガチリと固定された頭を動かすことは出来ない。少年は手を掴み引き離そうとするがそれも無駄だった。

「私はアリス・ワイルド。少年でなければ名乗りなさい」

 観念したように「ペイルだ」とこぼした。目だけを逸らしバツの悪そうな顔をしている。

「年は13。それなりに漁の経験もある。だがこいつをここに置いてやる事は出来ん、離してやれ」

「ありがとうホエール。実に明瞭な説明だ」

 頭を離してやるとペイルの視線が私に向かった。

「その理由はそれか」

 手の水かきじみた特徴に目線をやるとホエールが頷く。インスマウス出身者には特有の差異があり、魚の様に大きな目で大仰なガニ股歩き、手には水かきが異様に発達している。その姿は魚と人の混血であると。

 だが、おとぎ話の様に語られるそれが、インスマウスに近いここではそれがおとぎ話では無い事を知っている。ただそれがおとぎ話の様に誇張されている事も知っているのだ。その怪物の様に語られる特徴は人間の域を出る事はなく、少なくとも私が見聞きしたインスマウス出身者は人であった。

 ペイルにはその水かきに特徴が出ており、その他はただの子供だった。ホエールは彼を発端に警察に摘発のきっかけを与える事を嫌っている。普段ならば気にすることではないが、インスマウスでの実例を目の当たりにした直後では慎重になったのだろう。

「ホエールよ。私と賭けをしようか」

「ペイルを一か月雇え。ペイルが問題を起こしたり、辞めたり。ホエールに不利益な事があれば私の負けだ」

「、、、いくらだす」

「切り良く500」

「中古でトラックが新調できるな。こいつにそんな価値があると思ってるのか。それにワイルド嬢の取り分はなんだ」

「ホエールに勝ったという事実だけだ。マルベル、証人になってくれるか」

 マルベルがサラリと書いた紙面には、今の内容がとても綺麗な字で整理されている。あとはサインをするだけで賭けが成立する。

「ペイルよ」

 また両頬を掴みペイルを見据える。

「自分が少年でないというのなら、これで証明しろ」

 ペイルは大きく首を縦に振る。私の手にそれが伝る。

 私とホエールはサインをし書面はマルベルが預かることになった。当面の生活はホエールの若い衆と共に行う事、仕事内容に私が口を出さない事を追加し私たちの賭けは成立した。ホエールはペイルと共に仕事と寝床の説明に先に出て行き、マルベルと共に下に降りるとヴォルフが漁夫達と談笑してた。

「終わったよ」

「ちゃんと聞こえてたよ。ああ、マルベルさんこんにちは」

 マルベルはビクンと身震いし一礼しそさくさと出て行ってしまった。

「急ぎの仕事でもあったのか」

 私は「さあね」とヴォルフの襟を掴み、残った人々に襟を掴んだまま挨拶し詰所を出る。

「それで、今回は何で儲けるつもりなの。あんな賭けまでして。ずいぶん不利な内容だったが」

 ヴォルフが運転しながらぬるくなったコークを飲み干す。

「ホエールが利益の為に不当な扱いを子供にすると思うか」

「、、、しないだろうな。むしろ情に厚いから立派な漁夫になるまで面倒みるな。だがそれでもこっちにはなんの利益もないぞ」

「この件では何もないな、だが池に石を投げる様な事さ。水面が揺れるだけか、魚が寄ってくるか」

 窓をコツンと叩き「昼にしよう」とヴォルフに促すと、車は路地を曲がる。

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