表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/6

名前

「素直で礼儀正しい子は大好きだよ、うんうん。よし、まずは名前を聞いていい? これから一緒に暮らすのに、少年って呼ぶのもねぇ」


名前。

あの時は、まさかこんな展開になるとは思っていなかった。

こんな風に生き残り、新たな生活の場所を得るなんて予想外だった。

あの村には二度と戻れないから、母の側にいてあげる事もできないから。

そう思って、俺の一部を、名前を置いてきた。

今更、あの名前を名乗るつもりはないけど……別の名前なんて思い浮かばない。


「どうしたの? まさか、名前忘れた訳じゃないでしょ?」


首を傾げながら、彼女は俺の頭をわしゃわしゃ撫でる。

どうしようか悩んで、名前についての事情を説明する事にした。

彼女は馬鹿らしいと笑ったり呆れたりしないで、その話を聞いてくれた。


「うーん。置いてきちゃったものは仕方ないか。じゃあ、新しい名前考えないとね。こういうのがいいって名前、ないの?」

「思いつかない」

「そんな事言わずに考えなさい。自分の新しい名前だよ? 一生モノなんだから」


そう言われても、何も浮かんでこないんだから仕方がない。

それに、名前と言われて参考になるのは村の男たち。

彼らの名前をそのまま名乗れば、違和感はずっと消えないだろう。

名前、名前、名前……。

ひたすら考え続けて、ふと、俺を見ている彼女に視線を向ける。


「貴方の、名前は?」


そう、彼女の名前を聞いていなかった。

魔法使いの女の人、という事以外はまだ何も知らない。

俺に名前を聞かれた彼女は、なんだか不思議そうな顔でこちらを見ている。

……もしかして、魔法使いには名前がないのだろうか。

それとも、魔法使いというのが個人を示す言葉なのか。

何の反応もない事に戸惑っていると、彼女はそれに気付いたのか笑顔を浮かべた。


「ごめんごめん、名前聞かれたの久しぶりすぎてちょっとビックリしちゃった。ほら、皆『魔法使い殿』とか呼んで、用事が済めば帰っていくからさぁ」

「じゃあ、名前……」

「ちゃんとあるよ、名前。私の名前は『ハルカ』。よろしくね、少年」


ハルカ。

耳慣れない、不思議な響きを持つ名前だ。

この辺りの出身ではないだろう顔立ちといい、名前も変わっている。

それとも、魔法使いが特殊なだけなんだろうか。


「……ハルカ」


教えられた名前を、そっと口にしてみる。

ちゃんと呼べたようで、彼女――ハルカはどこか嬉しそうに笑って頷いてくれた。

……そうだ。

彼女に名前をつけてもらったらどうか。

俺が考えても名前の選択肢は限られてる上に、新たな名前を生み出すだけの知識もない。

新しい自分になる為に


「ハルカに、名前をつけて欲しい」


そう告げると、彼女は困ったように眉を寄せた。


「私、この辺りの一般的な名前なんて知らないんだけど」

「それでいい」

「……ヘンな名前つけるかもよ?」

「ハルカはそんな事しない」


俺の答えが気に入らなかったのか、ハルカは子供のように少し唇を尖らせた。

それでも、ちゃんと俺の名前を考えてくれているらしく、俺の顔をじっと見てうーうー唸っている。

さて、彼女が名前を決めてくれるまでどうしようか。

俺の為に考えていてくれるのに、今、話し掛けて考えを中断させるのも悪い。

……起き上がってみようか。

思えば、ずっと寝たままだ。

ハルカが怪我を治してくれたおかげで痛みはないんだから、体を動かしても問題はないだろう。

少し身動ぎすると、体の下にあるふかふかしたものも揺れる。

掌で触ると確かに布のようなのに、押してみると弾力がある。

体重を掛けたら、ずぶずぶ沈んだりはしないだろうか。

いや、さっき大笑いしたハルカが叩いていたけど、彼女の手は埋まったりしていなかった。

死に掛けていた人間を危険な物の上に寝かせる事はないだろう、と思う。

少し迷ったが、俺はふかふかに肘をつき、上体を起こしてみた。

肘がぐっと沈んだ時にはひやっとしたが、それ以上減り込むような事もなくホッとした。

体を起こして見た部屋の中は、やはり広かった。

ただ、物は俺が寝かされていたこの寝台、だと思うものと、後は天井にぶら下がっている白いのだけ。

あと、高い位置に窓があって、そこから日が差して部屋を明るくしている。

ハルカは起き上がった俺に気付いて、寝台の端に腰を下ろした。


「一応聞くけど、痛みはないね?」

「ない」

「ついでに聞くけど『魔法使い』って聞いて思い浮かぶのは何?」


唐突な問い掛け、その内容に首を捻る。

魔法使いと聞けば、やはり此処の事だ。

そんな分かりきった事を聞いてどうするのか……。


「魔法使い、と聞いて思い浮かぶのは『魔法使いの住処』と、それに関する言い伝えだけ」

「……魔法使いがどんな外見してるとか、聞いた事は?」

「全くない」


それきりハルカは黙り込んでしまったけど、今の質問にどんな意味があったんだろう。

俺の住んでいた所だけかもしれないが、本当に言い伝え以上の事は何も知らない。

魔法使いがなんでも願いを叶えられる訳ではない事や、女だという事は此処に来て初めて知った事だ。

そもそも、魔法使いが人の姿をしているかどうかも分からなかった。

願いを叶える、というのだから、こちらの言葉は理解する存在という程度だ。

そんな事を考えていると、ずっと黙ったままだったハルカと目が合った。


「……名前、決めた。嫌だったら嫌って言いなさいよ?」

「ハルカが考えてくれたのに、嫌だなんて言わない」

「そんな事言うと、後で嫌がっても、新しい名前考えてあげないからね?」


偽りのない気持ちなのに、ハルカはなんとなく不満そうだ。

俺の為に真剣に考えてくれた名前を捨てるような真似、するはずがないのに。

無言で催促すると、ハルカはちょっと溜息を吐いてから口を開いた。


「……『メイジ』。それが新しい、君の名前」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ