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新天地

此処が魔法使いの住処で、彼女が魔法使い。

真偽を確かめる術はないが、彼女の言う通り、後で分かる事なんだろう。

それに、彼女の言葉をいちいち疑っていては話が進まない。


「で。どんな理由で此処を目指してたの?」


そう尋ねられて本来の目的をはっきり思い出したけれど、俺にそれを成し遂げようと思う気持ちはあまりない。

いや、あまりというか……忘れていたぐらいだから、自分の中での村の存在の大きさが分かるというもの。

自分の命で村を助けたいだなんて、そんな自己犠牲精神はまったくなかった。

ただ、色々な諦めと投げ遣りな気持ちで山を登ってきたに過ぎないから。

数多の人間が辿り着きたいと挑む場所にいて、特に理由はありませんだなんて言うのは少し憚られる。

取り敢えず、俺が山を登る事になった経緯を話した。

麓の村に降り続く雨、そしてそれを鎮める為に俺が生贄に選ばれ山に登ったのだと。

黙って聞いていた彼女は、不快そうな顔を隠そうともせず溜息を吐いた。


「まだ、そんな時代遅れな事する所があったなんて……」


俺の顔を複雑そうに見ながら呟いてから、彼女は俺の額を指で突いた。


「君も君だよ。自分の命を、そんな……そこまでして村を救いたい?」

「いや、正直どうでもいい」


あ、本音が。

しかも即答だ。

……一度口にした言葉はなかった事にできない。

彼女の顔をそろりと見上げると、きょとんとした顔で俺を見下ろしている。

村の為に大怪我まで負って辿り着いた生贄だと思っていたのに、予想外の答えが返ってきたからだろうか。

お互い無言で見詰め合う事暫し、彼女の唇からふっと吐息が漏れた。

それをきっかけに、彼女の肩が小刻みに震えたかと思うと――


「あははははははは!」


爆笑した。

こんなに大笑いしてる人を見るのは初めてだ。

何が彼女の心の琴線に触れたのか、バシバシと俺の頭の近くを叩いて笑い続けている。

そのせいか、頭だけでなく体までが微かに弾むように揺れて少し気持ちが悪い。

寝かされている場所はなんでこんなに柔らかいのか、魔法使いの住処に常識を当て嵌めて考えてはいけないのか。

揺れの気持ち悪さを誤魔化す為に少しだけ現実逃避をしていると、やっと笑うのを止めた彼女が肩を上下させて息を整えている所だった。


「あー、久しぶりに大笑いしたから、お腹痛いわー……」


しみじみ呟く彼女は、目尻に浮かんだ涙を指で拭った。

その表情、特に口元には笑いの余韻がまだ残っている。


「村なんかどうでもいいって……まぁ「命捨ててこいや!」って追い出されたらそう思っても無理ないか。でも、本当にいいの?」

「何が?」

「生まれ育った村なんでしょ?」

「……思い出はあるけど、思い入れはない」


村人とは全員顔見知りだが、親しくしている者はいなかった。

村には勿論子供もいたが、俺は母親の側にいる事が多くて、一緒に遊ぶ事はあまりなかったから。

母親は別の土地からあの村に移ったらしくて、それも影響していたのかもしれない。


「どうせ、その願いは叶えてあげられないから、そう言ってもらえるとラクでいいわ」

「……どういう事?」

「叶えられる願いと、叶えられない願いがあるのよ。説明は面倒だから後回しにして……少年は、これからどうするの?」


説明が面倒……そう言われても仕方がないか。

俺は未だに魔法というものがどういったものなのか、全く理解していない。

予備知識がない人間に一からものを教えるのは、なかなかに骨が折れる作業だ。

しかし、何でも願いが叶う、というのは正しくなかったのか。

どこかで捻じ曲がって伝わったのか、元々から伝わってるのか……やはり、言い伝えというものは正確に伝わらないものらしい。


「もう村には戻れない……というより、君の場合は戻らない、かな。子供が一人生きていくのはどこでも大変なものよ?」

「……何も考えてなかった」


俺の返事を聞いた彼女は、やれやれ、とでも言いたげに首を横に振った。

山に登った後の事なんて、本当に何も考えていない。

しかし、助けられ、こうして生き残ったからには身の振り方を考えないと……。


「そうね……どこにも行く当てがないなら、暫く此処にいる?」

「此処は、魔法使いしか住めないのでは?」

「そんな決まり、ないない。今出て行っても苦労するのは分かってるんだから、大きくなるまで此処にいなさいよ」


確かに、子供が一人で暮らしていけるほど世界は優しくない。

大人の男のように力がある訳でもないし、できる事といえばお手伝い程度。

何も持たない俺は、すぐに野垂れ死にするだろう。

彼女の提案は魅力的だが、命の恩人に更に迷惑を掛けるというのは……。

人を養うという事がどれだけ大変な事か、少しは理解しているつもりだ。


「こら、子供が遠慮しないの」


ぺし、と額を叩かれた。

俺が何を考えているのかお見通しらしい。


「君が一匹住み着いたからって、私の負担にはならないって。外での常識を基準に考えない方がいいわ」

「しかし……」

「ここはよろしくって頷く所。ほらほら、観念して頷いちゃいなさい」


その言葉に、自分でも驚くほど素直に首を縦に振っていた。

俺を見下ろす彼女の眼差しが優しかったせいだろうか。

それとも、俺が子供で、どこかでまだ誰かに縋りたい気持ちがあったからか。


「よろしくお願いします。それから……」

「それから?」

「命を助けてくれて、ありがとう」


俺は今日から此処で生きていく。

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