お題:夏の花②
「嫌!お家に帰らない!」
夕暮れになれば大人しく帰路につくと思っていた幼い少女の、あまりの強情っぷりに、彼女の母は困惑していた。
「いい加減にしなさい。どうしたっていうの。パパも心配してるわよ。」
手を引こうとする母親のそれに応える事無く、少女は瞳を潤ませるのみであった。
最近、自己主張の激しくなってきた彼女に、母親は喜びつつも辟易としていた。
勝手にしなさい、と少女を置いて行ったのはまだ明るかった昼頃の事。
薄暗くなってきた今になっても、少女は帰ろうとしなかった。
さすがに、もし冬ならばとっくに暗くなっているこの時間でも戻ろうとしないのは、問題である。
母親は重い買い物袋を下ろした後、その公園に戻って来ていて、少女を連れ帰ろうと声を掛け続けていた。
幼いながらも抵抗する我が娘を無理やり連れて行くのも何だか可愛そうな気がしたのだ。
「どうしたの。ママが嫌いになっちゃったの?」
さすがに、ここまで強情だと色々な意味で折れそうになる。
少女は首を横に振って否定する。
「お兄ちゃんに虐められたの?」
ホッとしたのも事実。少し立ち直った母親が尋ねると、それも違うと首を振る。
何が少女をここまで強情にさせるのだろう。理由を語ってくれない事にはお手上げである。
他に思い当たる事は・・・と。
少女の母が考えていると、少女がくぐもった声を出した。
「何?どうしたの。」
「ひまわりが、誰かに踏まれちゃうの。」
少女が落とした視線の先には、街路樹の間に向日葵の双葉がいくつも、ひっそりと身を寄せていた。
その隅は、踏まれて無残に折れ、千切れた芽が。
誰が植えたのだろうと独り言を言うと、他の誰でもなく、少女自身が植えたのだという。
なるほど、通りで・・・。
思い当たる事があった母親は、納得の声を上げる。
「…お家には、庭が無いものね。大丈夫。ママに任せなさい。」
少女の母は少女の頭を優しく撫でた。
夜が近い公園に、この時期にしては珍しい、涼やかな風が駆け抜ける。
どこかで風鈴の鳴った音がした。
その夏。
少女の家のベランダは向日葵畑になった。
title:夏の花 ~向日葵ガーディアン~