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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

世界の半分を貰った俺は、また魔王と戦うことを決めた(後編)

作者: AM10KEY

10日程前に公開したファンタジー短編の後編です。前編を読まれていない方は下記より前編を読んでいただけますと幸いです。


■前編

https://ncode.syosetu.com/n1600eo/


後編の公開が少し遅れてしまい申し訳ありません。

楽しんでいただけますと幸いです。

魔王軍のいる地点で一瞬キラリと陽光が反射した光が目に入る――


瞬間――

一本の銀色の槍が轟音とともに俺たちの陣地へと接近する。


魔力を纏わせた右手で、タイミングを合わせて接近する槍にアッパーを叩き込む。

ガギン――

ひしゃげた槍が空を舞い、それと同時にジルオノは盾を構えつつ走り出し、ステラはバフ効果のある呪文を詠唱しつつジルオノとともに走り出す。

「俺たちも行くぞ!」

魔王軍に向かい走り出そうとした瞬間。


「お前はこっちだ!!」

聞きなれぬ声と同時に、俺は自身の影にズルズルと吸い込まれる。

ミリエラの影魔法だな。これならこちらから分断する手間も省けるし、このまま影に吸い込まれてやるか。

「ジルオノ殿、ステラ殿、そちらは頼みました!」

そう大声で叫び、2人が頷くのがかろうじて見えた瞬間、完全に影に取り込まれた。



「へぇ、影の中ってのは真っ白な空間なんだな」

「随分と余裕だな。裏切り者」

威圧とともに放たれた声がビリビリと肌を刺激する。

目の前にいるのは黒い鎧を身にまとい、黒いヘルムを被り、右手に魔力で作り出された槍を携えた黒騎士だ。


「ん? もしかして、さっき槍をプレゼントしてくれたのはあんたか?」

「あぁ、気に入ってもらえたか?」

「なかなか良い魔力だったよ。ただな、安物の槍を使っちゃいけねぇよ。一発殴っただけでひしゃげちまった」

「ほう、あの槍を一撃でダメにするとはさすがは勇者だな。じゃあ、この槍はどうだ?」

その瞬間、目の前にいた黒騎士の姿が消えた。


ドゴン――


「おいおい、影ってのはヒビが入るもんなのか!?」

空中から突き出された黒騎士の槍を、両腕の魔力の盾で防いだが、槍の勢いまで殺せず影の床に足が沈む。

「ギリっ――私の一撃を軽々と受けるか」

黒騎士はもう片方の腕で再度槍を突き出し、その反動で俺から距離を取る。


「ビルディ、先行は許したけれど、戦闘までは許してないわよ」

影空間に声が反響し、ビルディの後ろに影の玉座に座るミリエラが現れた。

「やっとお出ましかよ、ミリエラ」

ビルディは玉座から立ち上がるミリエラに跪き、こうべを垂れる。

「ええ、来てあげたわよシルドラ。あなたを殺しにね」

ミリエラの目の色が一瞬赤色に染まり、邪悪な笑みと共に殺気とは違うドロリとした粘着質な気を放っている。

昨日の脅迫が功をそうしたか、呪いの進行が進んでいるみたいだな。


「何言ってんだ? ミリエラ。 “あなたに殺されに”だろ!」

「ふふふ、面白いことをいうわね」

くすくすと笑うミリエラとは真逆にビルディから放たられる殺気の量が爆発的に増えた。


「魔王様。僭越ながらお願いがございます」

「なに? ビルディ」

「そろそろ、あの裏切り者を私に殺させていただけないでしょうか」

「そうねぇ、まぁ、最後に1つ聞きいことを聞いたら()っても良いわよ」

そう言ってミリエラは一呼吸起き――

「リズベルはここに連れて来てるのかしら?」

表情は変わらず邪悪な笑みをしているが、その裏に妹を心配する姉の表情が垣間見える。

「はっ、ここに? 奪われる可能性があるここに? お前だったら連れてくるのかよ! お前の妹がどこにいるかは、俺を殺して探せば良いだろうが!」

瞬間――空気が完全に凍りついた。


「ビルディ、シルドラを、裏切り者を、勇者を、肉片の一片も残さぬよう殺し尽くしなさい!!」

「はっ!」

ビルディは立ち上がるとグリーブと籠手以外の鎧を脱ぎ捨て、上半身は布製の服に、鉄の胸当て、下半身はレギンスとグリーブの姿になった。最後に首からかけていたペンダントを外すと、背中に4枚の黒翼(こくよく)がはためき、体を纏う魔力量が爆発的に増加した。


「はっ、なるほどな、鎧は封印であるとともに、その翼を隠すためのものだったのか」

「ええ、これで本気を出せます。ここであれば、本気でやっても奴らにバレることはないでしょう――それでは、肉の一片も残さず消えない勇者よ」


一瞬であった。翼を軽くはためかせたビルディは影の空に舞い上がり、同時に無数の魔力槍(まりょくそう)を射出した。

俺は前方に魔力壁(まりょくへき)を作り、向かってくる槍が届く前に塞き止めた――ハズだった。

魔力壁に刺さる槍以外は影の地面にそのまま突き刺さると思っていたのが間違いだった。魔力槍は四方八方から俺を襲ってきた。

「標的追尾型の槍かよ!」

気づいた頃にはすでに魔力壁をはる余裕はなかった。


ズガガガガガ――


「はぁ、まぁ、この程度だったら身にまとっていた魔力強度を上げれば問題ないか」

「そうですか、では、こちらはどうですか?」

そう言って空中に舞う魔力槍が一つにに集まり、一本の金色の槍が作り出された。

破滅槍(ディストラクション・ジャベリン)

音速で射出された槍は軽々と魔力壁を貫き、威力を落とすことなく俺に突き刺さった――

「はぁ、無詠唱でこの威力ってのは流石に反則だろ」

「なっ……」

確実に殺したと思ったのだろう。予想外の出来事にビルディは動揺している。


「堕天使のくせに、お前の槍は素直すぎるんだよ。まっすぐにしか飛んでこない槍なんて、攻撃でもなんでもねーよ!」

飛んできた槍の側面を魔力を纏わせた手で掴んだものの、やはり勢いを殺すことまではできなかったため、槍に引きずられる形で影の壁にめり込んだ。

「人間に……そんなことが……」

「あん? お前勇者を舐めてるのか!?」


「貴方が掴んだその槍は、この世にいるほぼ全ての存在を一撃で葬り去ることのできる槍よ。それを軽々と止めたのだから、ビルディの動揺も頷けるわ」

動揺したビルディの代わりに玉座に座るミリエラが返答する。

「なるほどね、言わば対世界兵器みたいなものだったのか」

槍自体は魔力の塊であるため、手で掴んだ槍を対象に魔力強奪(マジックスティール)を発動し、槍を消滅させた。

「つくづく規格外だな。シルドラ」

地上に降り立ったビルディは自身の黒翼に手をかけ、そのまま引きちぎった。引きちぎった翼は魔法により空中に固定されている。

背中から溢れ出る血により、ビルディの足元には黒みがかった赤色の水たまりが出来ていた。

さらに残っていたもう2枚の黒翼にも手をかけ、同様に引きちぎる。

背中から溢れ出る血により、ビルディの足元にあった赤い水たまりは黒色へと変貌した。


ビルディは血の水たまりに魔力を通し、魔法陣を描く。

さらにその魔法陣の上に4枚の翼を固定し、長文詠唱を始める。


「止めなくていいのかしら」

「堕天してるとはいえ、天使の覚悟を無下にすると天罰が下るかもしれないからな」

「確実に後悔するわよ」

詠唱が終わった瞬間――影の世界は黒い光に覆われた。



シルドラが影に飲み込まれた後、ジルオノとステラは平原の中央部にて戦闘を開始していた。

「ふむ、これまた厄介な相手ですな」

「そうですね、魔法威力半減の障壁を持つ魔物が出てくるなんて思いもしませんでしたよ」

ステラはひたすらジルオノのサポートをしながら敵の攻撃を受けないよう走り回っている。


その様子を少し離れた高台から見守る2人の幹部のうちの1人、であるクレラが欠伸をしながらサドラに問いかける。

「これ、私たちの出る幕ないんじゃないの?」

「油断はするな、今は大丈夫かもしれないが、私の可愛いペットがいつやられるかわからないぞ」

「あれ、そういや、あんた複数体育ったペット飼ってなかったっけ?」

クレラのその言葉にサドラはギリッと歯ぎしりを立てる。


「勇者と聖騎士共に殺され、私のペットはあいつ一匹しか残っていないよ」

「ふーん」

そういってクレラはジルオノとステラの先頭に視線を戻す。


マンティコアからの攻撃を防ぐのは至難の技である。前足、尻尾、炎のブレス、雷撃による4つの攻撃の軌道をしっかりと把握し、同時に捌く必要がある。

「ちぃ、やはりマンティコアは厄介ですな」

ジルオノは左手にに盾を構え、右手に炎魔法をエンチャントした槍を携え、マンティコアの攻撃の隙に攻撃を与えている。

そのおかげか、マンティコアの両前脚は火傷と切り傷により、ほぼ機能が停止していた。


「ステラ殿! まだ奴の障壁を破壊することはできそうにないですか!」

「いやー、これは一生かかっても無理ですよ! どこかに障壁を作り出す核があると思うんですけど……」

「ううむ……」

そこにマンティコアの口周りに炎が集まった。ブレスの予備動作である。その動作を見たジルオノはシールド魔法を展開し、ブレスを防ぐ。

そしてシールド魔法を解いた瞬間――ジルオノの体は吹き飛ばされた。


ガイン――


「ぐぉっ――」

マンティコアの前足での攻撃はもうないと思っていたジルオノは一瞬マンティコアの前足への警戒を解いてしまった。その瞬間をマンティコアは見逃すことなく、渾身の一撃を前足にて繰り出したのであった。

その反動により、攻撃を繰り出した右足からは紫色の血が噴き出し、そこに血の池を作りだす。


「がはっ――はぁはぁはぁ――ステラ……どの……ありがとうございます」

ジルオノが渾身の一撃を受ける瞬間、ステラがジルオノに物理障壁の魔法をかけ、物理ダメージを軽減したのであった。しかし、ジルオノの受けたダメージは大きく、立つのがやっとというほどの状態だ。

「よしっ! ジルオノさん、回復します」

なんとか立ち上がったジルオノのそばにステラが近づく。

「しっ、しかし、マンティコアは……」

「マンティコアはこの子に任せます――大地(ガイア)守護者(ガーディアン)

マンティコアの周りに巨大な魔法陣が浮かび上がる。

「動き回っていたのはこのためですか……」

「そうです! 魔法は効かなくとも、魔法で呼び出したゴーレムの物理攻撃なら通るでしょう!」

そう言ってステラはカバンから一本の瓶を取り出し、それをグビグビと飲み干し、瓶を投げ捨て杖を構えた。

「全ての傷を癒す力、我が魔力に集い、我が命を聞き入れたまえ――治癒(ヒーリング)息吹(ブレズ)

風がジルオノの周囲を包み込む。マンティコアの攻撃で負った傷がみるみる治癒され、一切の痛みが消え去ったと同時に風が霧散した。


「これなら!」

そういって一歩を踏み出した瞬間――ぐらり――自身の体重を支えられなかった。

「ちょっと、ちょっと、いくら傷を直したからって血が不足してるんですから、そんなに焦って動いたら危ないですよ」

ステラのカバンより一本の小瓶が取り出され、ジルオノは口に小瓶の中身を強引に押し込まれた。

「お”え“え”――ステラ殿なんですかこの不味い飲み物は――」

生暖かい温度にさらされた腐りかけの生物のような腐敗臭に近いものが口から鼻に抜ける。

「私が開発した瞬間増血薬です。ふむ、やはり味についてはまだまだ検討が必要なようですね」

瓶を眺めながらぼやくステラの元にしなる鞭と氷槍(ひょうそう)が襲いかかる。


「あんたたち、死にたがりなのかしら」

声の聞こえた方向ではサドラが次の詠唱を終え、次の呪文を発動させていた。

雷撃(ライトニング)(ブロー)

天空より雷で形作られた拳がジルオノとステラのいる地点に振り下ろされる。


ドゴン――


大気は震え、轟音が耳を打つ。砂煙が舞い、その近くにあった全ての枯れ木は蒸発し、周囲の地面は赤く熱を持っていた。


「はい、これで終わりね。さようなら」

そう言ってクレラは身を翻し、本陣に戻ろうと歩き始めるが、サドラはずっとジルオノとステラのいる方向から視線を逸らさない。

「どうしたのよ、サドラ。さっさと帰って魔王様を待ちましょう」

「クレラ、まだあいつら死んでないわよ」

「いやいや、あんたの雷撃の拳をくらって死なない人間なんていないでしょ」


「それが、いちゃったりするんですよねー」

砂埃の中から盾を構えたジルオノが飛び出し、同時にステラがカバンの中の小瓶を取り出し、中身を飲み干した。

「否定否定否定、否定し続け全てを遠ざけ、その先にあるは世界から外れたただ一つの檻――隔絶(イゾレート)(ケージ)

クレラとサドラは距離を取ろうと瞬間的に後ろに下がろうとしたが――

「遅いです!」

ステラの魔法の展開により、ステラ、ジルオノ、クレラ、サドラは外界から隔絶られた檻の中に閉じ込められた。


「なるほど、世界からの隔絶ね。これだったら雷撃の拳すら届かないわけね」

クレラがそう言いながら周りを見まわしていると――

「――全体強化(フルバースト)――隔絶の檻の制限時間は5分です。私は魔力も回復薬も付きましたので、あとはお願いしますね。ジルオノさん」

その言葉とともに、バタンと倒れる音が隔絶空間に響き渡った。

「任された。ステラ殿」

「へぇ、あんた1人で私たち2人を倒そうっての? 舐められたも――」


ズブッ――


ジルオノは一瞬にしてクレラ、サドラとの距離を詰め、右手に携える槍を突きはなつ。

「なっ……」

ジルオノの槍はクレラの左腕に深々と突き立てられ、その場に鮮血が飛び散った。

「逃げられたか」


そう言って槍先の腕の先を見ると、そこには肩までしか残っていなかった。


「ぐぅぅぅぅ――ふぅぅぅぅ――あんた、あんたは、絶対殺してやる! ただ殺すだけじゃダメね、私の下僕にしてお前自身の手で人間を殺し尽くし、心が壊れこの世の全ての苦を与えそして殺してやる!」

怒りと苦悶の表情でジルオノを睨みつけるクレラは、怨嗟の声とともにサキュバスの特性である全ての魅了スキルを発動させた。

「うふふふふ、ふふふふふ、これでこの檻の中は私の空間。男は全て私の虜、さぁ、私に跪きなさい」

ジルオノは足の力が抜けたかのように、急にその場に跪いた。


「さぁ、この檻が消えるまでゆっくりじっくり、あなたの精を食べさせてもらうわよ。当然、殺しはしないわ。あなたには地獄を味わってもらわないといけないんだから」

そういって一歩ずつクレラが近づき、ジルオノに触れようとした瞬間――

「クレラ、避けろ!」

「へ?」

ジルオノは槍先をパージし、内蔵されていた悪魔殺しの剣をクレラの胸に深々と突き立て、そのまま剣を振り下ろした。


ドサッ――

クレラの体はその場に倒れこみ、ジルオノはその場に立ち上がり、クレラを見下ろす。

「なぜ……魅了がきか……ない……」

「俺は昔、男以外愛せぬ呪いをこの身に受けたのだ。そのおかげで、誘惑の類の魔法などは一切俺には効かんのだ」


「ふざけるなあああああああああああああ」

その言葉を聞いた瞬間、クレラは最後の力を振り絞り、ジルオノに左腕をつきたてようとしたが――ジルオノの剣の方が早かった。

クレラの頭部に剣が深々と突き刺さり、クレラの肉体は消滅した。

その場に残ったのはクレラの尻尾のみであった。


「しかし、お主は仲間を助けようと思わんのか?」

サドラに向かって問いかける。

「あの場で助けに入ったとしたら、2人とも死んでいた。であれば、1人が生き残りお前を殺すことに全てをかけるべきだと判断したまでだ」

サドラが鞭を構え、ジルオノと対峙する。そこで一瞬2人は膠着し――2人同時に行動を開始した。


サドラは鞭を巧みに利用し、ジルオノを攻撃範囲内に近寄らせないように翻弄しつつ、魔法で迎撃。

ジルオノはサドラの鞭を時には避け、時には剣で弾き、魔法での迎撃を盾で防ぎつつ、懐に飛び込もうとするが、サドラの鞭さばきに翻弄され、飛び込むことができない。

それどころか、サドラが徐々に前進してきており、ジルオノはジリジリと後ろに追い詰められていく。

「さぁ、クレラの恨みを晴らさせてもらうわよ」

サドラは雷撃の拳の詠唱を始める。


「檻がある限り、その魔法は俺たちには届かん!」

サドラは被虐的な表情で口元を釣り上げ、天井を指さす。

ジルオノが一瞬視線を天井に向けると、檻の天井の一部にほころびが見え始めている。ステラが倒れこむ前に宣言していた制限時間となっていたのであった。

「なっ……」

「今であれは全ては届かなくともお前1人を殺すだけの力は流し込める――_雷撃の拳」

天より雷で構築された拳が振り降ろされ、ジルオノの体を撃ち抜いた。


ドゴォン――


檻による威力軽減と全体強化による強化のおかげで、ジルオノの体は蒸発することはなかったが、全身火傷、体の一部は炭化しており、剣や盾、身にまとっていた鎧全てが崩れ落ち、その場で立ち尽くしている。

「さて、あとはあの忌まわしい小娘だけか」

立ち尽くすジルオノを通り過ぎ、ジルオノの後ろにいるステラに手をかけようとした瞬間――


ドスン――


「冥府への道連れは俺……だけで……いい……だろう」

ジルオノはパージした槍先でサドラの頭を突き抜き、そのままその場に倒れこんだ。


マンティコアは主人の死により、戦意を失い、その場に座り込んだ。

獣の殺意が消えたことによりゴーレムもその場で動きを止め、平原の戦いは終わりを迎えた。



元来、天使は白い翼、白い長髪と伝承で語られているが、堕天をした時点でその色は黒に変わる。

つまり、天使の翼や髪の色は白か黒しか存在しないはずである。しかし、今目の前にいる堕天使ビルディの翼と髪の色は、どの伝承にあたはまることのない金色をしていた。


「後悔すると言っただろう――」

ビルディが言葉を発した瞬間――


ドゴン――


俺は体に衝撃を受け、いつのまにか壁にめり込んでいた。

「カハッ――ってぇな」

「さすがは歴代最強。過去の勇者であれば、上半身と下半身が千切れて絶命していただろうに」

「くっそ、触れてわかったよ。その翼、魔力でできてやがったのか」

魔力で形成された翼の形状を変化させ、目にも留まらぬ速さで攻撃を仕掛けてきたわけだ。


「それだけが攻撃手段だと思うなよ」

俺はビルディに視線を向けたまま壁から体を引き離し、地面に足をついたが――先程よりも強力な一撃が腹部に叩き込まれた――


ゴッ――


「ゴバッ――はぁはぁはぁはぁ――おいおいおいおい、俺は一瞬たりとも目を離さなかったてのに、意味不明なスピードだな」

ビルディの拳が俺の腹に突き立てられている。

「お褒めに預かり光栄ですよ。しかし、本当に頑丈な体をしていますね。今の攻撃も普通であれば、体を貫通するほどの攻撃だというのに」

「はっ!! 蚊でも止まったのかと思ったよ!」

「では、後何発で貫通するか試させてもらいましょう」


ビルディは翼を腕に纏わり、金色の籠手を作り出し、そのまま壁に埋もれている俺に目にも留まらぬ速さでラッシュを繰り出す。

魔力を介した攻撃であれば、体にダメージはないな。さっきの素の殴りはちょっと痛かったけど。

とりあえず、動きを捉えないと攻撃を避けることも当てることもできないからな。体内の魔力量を増やして、目に魔力を集中させて、擬似魔眼を作り出すことにするか。

瞼を閉じ、俺は体内にある魔力貯蔵の蓋を開いた。現在体に循環している魔力はそのままにし、貯蔵から取り出した魔力を目に集中させる。


「目を閉じて、どうした? そろそろ死んだのか? 勇者」

目を開き、ビルディの攻撃を見ると、ラッシュがコマ送りのように見える。


俺はビルディのラッシュの中、俺の右手でビルディの左腕を、俺の左手でビルディの右腕を掴み、クロスさせた状態で引っ張り、ビルディのラッシュの勢いを利用してビルディの顔面に頭突きを叩き込んだ。


ゴシャ――


ラッシュの勢いがそのままビルディに帰ったため、ビルディはそのままミリエラの玉座付近まで吹っ飛ばされた。

「なっ、なっ、なっ――」

何が起こったのか理解ができなかったビルディは、ただただ混乱するしかなかった。

先程まで王座で欠伸をしていたミリエラですら、何が起こったのかわからず、ビルディと俺に交互に視線を移す。


「うん、いい反応だ。こっちも少しばかり本気を出しただけだよ」

その言葉を聞いたビルディはキッと目を釣り上げ、魔力の翼を形状変化させ、何本もの腕を作る。ただし、手のひらのある部分は鋭利な槍の穂先の形状になっていた。


そして俺とビルディはぶつかり合った。

このままじゃ数の暴力に負けるっての――どうするかな。

巣殴りラッシュを避けてはいるが、全ての腕槍を捌ききることはできない。魔力の攻撃は俺自身の魔力防護で止めることはできるけど、同じところを何度も殴りつけられると流石に綻びが出るしな……。


そう考えていると――

「そろそろ出番かしら」

影の中にリスベルの声が響き渡り、その瞬間――幾多もの漆黒の影がビルディの腕を食いちぎる。


「やっと出てきたのかよ」

「やっとじゃないわよ。タイミングを見計らってたのよ」

漆黒のドレスに仮面を付けたリスベルがそこには立っていた。


「私の魔力を食らう影だと……そんなこと魔王様以外に出来るわけない!」

ビルディが動揺する裏で、ミリエラが信じられないものを見るように目を見開いていた。


「どうして、どうして、どうしてあなたがそこにいるのよリスベル!!!」

影の中にミリエラの叫び声が反響する。

「あら、仮面を外していないのによくお気づきになりましたわね。お姉様」

そういうとリスベルは仮面を取り、その顔を姉であるミリエラの前に晒した。


「昨日ぶりですね。お姉様」

「どういうことよ、リスベル。なぜあなたがそこにいるのよ」

「なぜって、私が勇者と手を組んで、お姉様から魔王の力を奪おうと考えたからですわ」

「なっ、私は、私は、あなたが魔王にならないよう。この魔王の呪いを消し去ろうとしていたのよ!」

「お姉様。それはお姉様の都合です。私は産まれた時からから魔王になると決めていたのです。それを……呪いを消そうなどと考えるとは本当にいらないことをしてくれますよね。お姉様は」

リスベルの言葉を聞いたミリエラは玉座で項垂れる。


「そう、そう、そう、そうなのね、私は貴方にとってもいらない存在なのね。だったらもういいわ! もういいわ!! もういいわ!!! 全て全て壊してやる。私自身もこの世界も全て全て!」

ミリエラが顔を上げると瞳が赤く染まり、その頰には涙が伝っていた。

そして、ミリエラは意識を失い魔王の魔力が暴走し始める。


ミリエラの体から血のように赤い魔力が吹き出てきて、ミリエラの後ろに大きな球が形作られる。

「シルドラ、あの龍がお姉様を捕食しないよう引き止めておいて! 私は儀式の準備をするわ!」

「わかった!」


俺は体内にある全ての魔力貯蔵を開き、体全体に最大魔力を循環させ、球とミリエラの間に割って入った。

「これは、なかなか手強そう」

その瞬間、球から高密度の魔力の触手が吹き荒れる。


シルドラは吹き荒れる触手に対して魔力による複数の障壁を展開、さらに魔力で2本の剣を生成し、触手を塞きとめる。

「こりゃ、さっきのビルディとの戦いの方が幾分マシだったぞ!」

そう叫びながらシルドラは休む間も無く全ての障壁を動かしつつ、さらに高密度の触手を剣で弾き飛ばす。


その行為が幾度が続いたのち、ピタリと触手の攻撃が止んだ。

そして、球体の中心に大きな目が見開かれ、瞳がギョロリと俺の方を見つめ、三日月のように気持ちの悪い目になり、触手の攻撃が再開され、さらには球体の魔眼により体が動かなくなった。

魔力操作でなんとかミリエラへの触手攻撃を止めることはできていたが、俺自身への攻撃をはたき落とすすべがなく。ただただ、嬲り続けられるだけ。

今はまだ防護のお陰でまだ持っているが、防護も後数発で砕けるであろう。


パキィン――


ついに俺の纏っていた防護の限界がおとづれ、砕け散った。

ここからは、高濃度魔力の触手攻撃を直に受けるしかない。


ベキ――ゴッ――ボギッ――


触手は頭を狙わず、肩、腰、腹、足、といった命に関わらないところばかりを集中的に狙ってくる。

触手が叩きつけられるたびに俺は苦痛の表情を浮かべるが、どうやら魔王の魔力はそれを楽しんでいるようだ。

「リスベル、まだか! こいつの触手の魔力濃度が高すぎて、このままじゃほかの障壁も突き崩される! 今は俺の体で遊んでいるからいいが、それももう飽き始めている!」

「もうちょい、もうちょいよ! あと少しだけ持ちこたえて!」

「無茶言いやがって」


少しでも休めれば魔力を一気に回復できるが、休む暇がねぇ。

そう考えた瞬間、展開した障壁の一部から――ピシィ――

障壁にヒビの入る音が聞こえてきた。


バキン――


ついに触手は障壁を破り、魔王の魔力の標的はミリエラへと切り替えられた。

目の視線がミリエラに向かい、全ての触手がミリエラを取り込もうと動き出す。


「くそっ、早く回復しろ! くそ、ここまできたんだぞ!」


そしてミリエラは触手に取り込まれることに――ならなかった。

シルドラを超えた触手が対峙したもの、それは金色の髪をはためかせ、金色の翼を障壁として展開したビルディに他ならなかった。

「お前らの行動で何をしようとしたかよく分かった! 魔王様を守るのは親衛隊の務めだ! 協力してやる!」


そうして、ビルディの障壁により触手が堰き止められている間に――

「できたわ!」

リスベルが魔王の魔力を取り込むための陣を完成させた。

「あとは詠唱と契約だけ!」

そう言ってリスベルは詠唱を始める。

「全ての世界に闇と混沌をもたらす最上の王の力よ、我が血、我が魔力を持って、その力を我が身に宿す。この血を持って我が身に魔の王の力を宿さん」

魔法陣が黒く輝き出し、台座が召喚される。


「あとは契約のみ!」

リスベルがそう言って本を開こうとしたその瞬間――


ドズッ――


飛んできた1本の剣がリスベルの腹部に突き刺さり、そのまま壁に縫い付けられた。

「なに――すんのよ、シルドラァ!」

「お膳立てありがとよ、リスベル。これで俺は魔王を倒せる。正真正銘、真の勇者になれるよ」

「なっ、あんた、それはダメ、あんたがそれをすれば、姉さんが悲しむんだから! それは私の役目なのよ!」

シルドラは魔力で刃を作り、腕を切りつける。

流れ出てくる血液で召喚された台座にある本の一ページ。ミリエラと書かれた横のページに自身の名前を書く。


「お願い、お願いだから、今ならまだ間に合うから、これ以上姉さんを悲しませないで」

リスベルが目から涙を流しながら叫ぶ。

「これでいいんだよ。ちゃんとミリエラに謝って、姉妹仲良くこの後の世界で暮らせよ」

そう言って、本を閉じた。


契約は成った――

この契約により汝は魔王となり、その全ての怨恨、呪いをその身に受ける――


響き渡った声とともに、魔王の魔力がシルドラの体の中に吸い込まれる。

「ビルディ、リスベル、ミリエラによろしく言っといてくれ。じゃあな」

そう言って、シルドラはハニカミ、その場に崩れ落ちた。


この日、魔王と勇者シルドラは死んだのであった。



後日談――


魔王が死したのち、魔王の元にいた魔族たちは勇者の統治していた国に引き取られることになった。

勇者の統治していた国は人魔共存の道を進めるべく様々な活動をしており、今後はその協力をすることになるだろう。


ステラは勇者の統治していた国で様々な研究を行い、新しい魔法の開発に勤しんでいる。

ジルオノは一度視したことにより、男しか愛せない呪いが消え去り、復活したクレラに追い回される毎日

復活したサドラはベレシスの部下になり、多くの獣系の魔物を共存の道へと進ませようと日々色々な領土に足を向けている。


そして、リスベル、ミリエラ、ビルディは――

誰もいない池の近くで、リスベルはミリエラにペコペコと頭を下げている。

「姉様、そろそろ機嫌を治してくださいよ」

「いやに決まってるじゃない。私がどれだけ傷ついたと思っているのよ」

「仕方ないじゃないですか、あれ以外の方法がなかったんですから――」

リスベルがミリエラにペコペコと頭を下げながら謝罪している姿を、少し離れた位置からビルディが見守っている。


「許しません!」

「じゃあ、どうしたら許してくれるんですか!」

「それを考えるのが、貴方とシルドラに課した罰なんですから! 罰をしっかりと受け入れなさい!」

「いや、私ばっかり謝るのなんか不公平でしょ! シルドラ、あんたも同罪なんだから早く謝りなさいよ!」

リスベルとミリエラとビルディの視線の先には、池に向かって釣り糸を垂らしている10歳くらいの少年であった。


「まぁ、ほら、釣りでもやって心を落ち着かせればいいんじゃないか?」

「「そんなんで機嫌が良くなるか!」」

ミリエラとリスベルは息を合わせて怒り出す。


「だったら、ついて来なければよかったのに」

そう言いながら、俺は魚をおびき寄せようと竿を右へ左へ動かす。


魔王の力を身に宿した俺はその副作用として、体の年齢が10歳となり、この後も魔王の力がなくならな限りは成長することがない。

俺自身、魔王の力が残っていることを魔族が知れば、人魔共存の道が今度こそ消えると考えており、あの戦いの後、人知れずの島で隠遁生活を送っている。

最初は1人で隠遁生活を送っていたが、ミリエラとリスベルの影魔法により俺の居場所を突き止め、ここで一緒に暮らすことになった。

ビルディはそんな2人の護衛として一緒にこの島に暮らしている。


永遠とも言われていた魔王と勇者の戦いに終止符が打たれたのであった。

「世界の半分を貰った俺は、また魔王と戦うことを決めた」を最後まで読んでいただきありがとうございます。


連載の方でもローファンタジー作品の「エルフが綴る異世界小説」を”ほぼ”週一更新で連載しておりますので、そちらもご覧いただけたら幸いです。


■エルフが綴る異世界小説

https://ncode.syosetu.com/n8866ea/

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