「お腹が空きました!!」
前書きは唐突に長文に変更されたりします。
そろそろ夕方になるかならないか、そんな半端な刻の頃合い。そぞろ歩きに出るには寒いこんな季節なら、せめて熱い一杯でもひっかけたい……そう思いながらブラブラと歩きあの暖簾をくぐろうか、いやいやこっちか?とそのまま結局歩き続けてしまった。
寒さにも慣れてきてしまい、次第に散歩自体が楽しくなってきて町外れの河っ縁にたどり着き、流れに沿って歩き続ける。
ふと気がつくと町からずいぶんと離れたその辺りは、何やら怪しげな店も目立ち始め薄暗闇になっている路地裏が口を開けているが、到底踏み入れる勇気など持ち合わせてはいない。ふと目をやると視線の先に小さな小屋がつっかけてある。看板なども見当たらない。
興味をひかれて近付くとそこは寄席か何からしく、木戸で仕切られた小屋の中からは熱気を帯びた弁士の威勢の良い声が漏れてくる。
「お!兄さん丁度よかった!まだ噺のマクマ(枕、と言ったようにも聞こえたが)だから、今なら入れるわよ!さ、入った入った!!」
背中を押されて慌てて振り向くと、そこには栗色の髪の美しい女性が笑みを浮かべながらすぃ、と決して弱からぬ力で木戸の方へと誘ってきた。
「何を遠慮してるの?あー、こんな美人が表に立って呼び込みしてるなんて裏で強面が待ち構えてるみたいに勘繰ってるぅ~?んな訳ないない!!ウチは子供も年寄りも関係なく入れるまともな弁屋だよ!!」
……弁屋?聞いたこともないが、しかしその呼び込みの女性の艶やかな唇が動く度に、何やら芳香にも似た香りがしてくるような……しないような……、
「ハイな!お客さん一人入るよ!!いらっしゃいませ~!!」
……あれ?
…………気付けば俺は、木戸の裏側で老若男女溢れる《弁屋》と称するその寄席の中に引き込まれていた……。
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あれだけの大蛇も骨と内臓を取り除くと、肉は半分より少し多い位だったのだが、驚くことに茶屋の娘の母親と共に、麓の市場で敷布の上に笹の葉に包んで並べると、我先に殺到する人々の手から手へと売れ渡り……見る間に無くなってしまった。
「……ここだけの話ですが、蛇の肉は滋養と強壮に良く効くと評判らしくて……あまり大きな声では言えませんが……」
母親のツツジに耳打ちされてなるほど、と売れ行きの良さと買っていく人々の大半が老人と親爺だと気付いたのは最後の一包みが無くなった時だった。
手に入れた売上げで調理に必要だと言う薬味と卵等を買っても、目減りする気配のない小金が懐に残り、フィオーラはツツジに手渡すツケの心配もしなくて済みそうだ、とホッとしていたのだが、
「…………まぁ、当然と言えば当然……かな?」
市場からの帰り道、辺りが森のさざめきしか無いそんな辺りに差し掛かったその時、背後から複数の忍び足がひたひた……と迫り来るのを感じ取っていた。
フィオーラの頭の耳は伊達ではなく、ほぼ真後ろに近付く衣擦れの音もこぼさず拾い、正確に九人が立てる草履履きの音も聞き分けていた。
ま、便利だけど……剣を抜き放つ不快な音まで拾っちゃうのは……イヤだなぁ……。そう心の中で呟いていた。
手にした卵と薬味の包みをツツジに手渡した後、手近に転がっていた小枝を拾い上げて手に持ち、
「あー、こんなことを「こちらは見ての通りの【金色九尾】様です!こんな狼藉を計って許されるとお思いですか!?」……あ、はぁ……」
私のセリフは見事にツツジさんに持っていかれました……セリフぅ……。
「…………知っている。【金色九尾】だからこそ……だ!」
男達は手にした刀を抜き放ち、ざらりとした殺意を此方に容赦なく浴びせかけてくる……あ、いやその……、
「ねぇ、ぶっちゃけ聴いていい?あんた達は何者?私ここらに来てまだ二日も経ってないんだけど~?」
私は正直者だからそう言うと、相手の連中はあからさまに御立腹……あらやだわぁ……なんで?
「ふざけるな!我が姫君に明けずの眠りの呪いを与えたのは他ならぬ【金色九尾】だ!そんな妖魔が……まだ二日?」
色めき立つ面々は、私の言葉を聴いて一同に戸惑い私の顔とわさわさと揺れ動く九尾を見比べて……、
《……なぁ、そう言えば、この者は全身の毛並みが白くないか?》
《……うむ……あの時の妖魔は全身が光輝く金毛だったな……》
《ではこちらは……人違いならぬ妖魔違い?》
《いやしかしそう容易く出会えるような類いの》
《わちゃわちゃと動くなあの尻尾》
《巻き込まれたい……》
《俺は挟まれたい……》
「失礼つかまった……のかもしれない……だが、我らの疑いは晴れた訳ではない!」
面倒の匂い、しか無いなぁ……トホホ……。
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……驚きを禁じ得なかった。寄席の演目と思ってありきたりの弁士が古臭い士気鼓舞じみた出し物で御茶を濁す類いか、と勘繰っていたが……、
「しかしね?九人もの侍が手に手に凶刃を抜き放ち、ぐるりと自分を取り囲んでいる様子を想像してみなさいよ!誰だって脚が震える手が詰まるってもんでしょ~さ普通ならさ!!」
壇上中央で身を乗り出さんばかりに熱の籠った弁士はしかし、市井の平たい言葉で起伏に富んだ語り口。その声はやや高めながらも抑揚が効いて聞き取りやすく、また崩した語調なれど一語一句の端々に、練り込まれた知性と物語の展開を期待させるような言い回しが感じ取れて……つまり、先が気になって仕方がないのだ。
「お?そこのお客さん!そんなに離れて聞いてちゃ他人行儀で場も冷めるってもんだ!さ~さ~コッチにお寄りなさいって!」
不意に指差され呼び込まれた私は招かれるままに前へと進み、
「お!ツイてる時はとことんツイてるってもんだ!丁度そこの綺麗な娘さんの隣に席が空いてるよ!勇気と下心をチョイと出して御免と座ってあげなさいな!な?」
私は言われるままに手刀を切りつつ前に出ると促された席に腰掛けた。
「あら?見ない顔ですね……こちらは初めてですか?」
隣の娘さんは確かに可愛らしい人で、座るこちらの方が申し訳ない位であったが、そんな娘さんから気さくに語り掛けられて、つい口を開く。
「えぇ……一杯やりたくて出てきたつもりが散歩になって四軒抜けて……気がついたら此方にお邪魔していた、ってところで……そちらはいつも……此方に?」
「はい!最初は怖いとこかな?って昼間はいいけど夜はちょっと……と思っていたんですが、気がつけば……フフフ♪」
鈴が鳴るような心地よい笑い方の彼女だったが、それでも直ぐに噺の続きが気になるらしく、
「……なんでも【なろう式弁術】とか言うらしいんですが、語り口が砕けてて気さくに聞けるでしょ?何だか自分が物語の中に居るみたいで……不思議と続きが気になっちゃうんですよ……ほら!」
そう言う彼女の言葉通り、弁士が語る噺は私の意識をグイグイと引き込むように鷲掴みにし、物語へと誘っていく……。
「……結局連中とは様子見で和解は出来たけど、まだまだ油断は出来ない間柄……だったらここはいっそのこと……食いもんで和むしかない訳でしょ!?」
刀を振りかざして血闘が繰り広げられるのか、と思えば裏切られ、主人公は彼らを引き連れて茶屋に戻ると、持参の蛇肉を使った料理の数々に舌鼓を打つ……確かにこれは……予想外だった。
丁度頃合いが良かったのか悪かったのか、飲みに出てきた途中だけに空腹を意識すると腹の虫が鳴り出した……。
きゅるる……!
驚いたことに、隣の娘さんのお腹の虫も同意見だったらしく、可愛らしい見た目成りの快音が鳴る。
顔を赤らめた娘さんは恥ずかしげに、
「あら……やだ、私ったら……まるでここが跳ねたら一席願いたいと催促してるみたいじゃないですか……恥ずかしいわぁ……!」
「気になさらずに!ここで会ったが何とやら、ですよ?宜しければこの後如何ですか?」
「まぁ!厚かましいと思われちゃいますよね……?でも……はい!ご相伴頂きますわ!」
何やら妙に上手すぎる話だな……いや、噺なのかな?そう独りごちながら隣の娘さんと共に、弁士の言葉に耳を傾けることにした。
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……たんたんたん、と小気味良く振り下ろされる包丁が蛇肉と軟骨を叩き混ぜ、次第に桃色の挽き肉へと練り上げていく。そこに卵を落とし入れ摺り下ろした生姜と微塵切りのネギ、そして味噌と酒を入れて白濁するまで練り合わせていく。
……ぐつぐつぐつ、と煮える鍋の中には太葱と焼き豆腐が浮かび、肉の投入を今か今かと待ちわびているかのようだ。
「さ、準備出来ましたわ……お待たせいたしました!」
ツツジさんが竹筒に練り込んだツミレのタネを押し込み、竹ベラで器用に差し落としながら鍋へと次々に流し込んでいく。
一瞬沈んだツミレは直ぐに浮かび上がり、ふわふわと鍋の中で暫く踊っていたがそれも束の間、
「それじゃ頂きますぅ!!…………っ!?」
フィオーラは軟骨入りツミレを黄身に浸けつつ口へと運ぶ。
……な、何これ……旨い、旨過ぎるよぅ……お母さん産んでくれてありがとう……フィオーラは今とても幸せですぅ……!
やや強目の味付けになっている鍋の汁をくぐったツミレは十分に味があり、それを黄身に浸けて口に運ぶ度にまろやかな味わいへと変化する。
しかも軟骨のコリコリとした歯応えと、噛み締める度に口一杯に広がる蛇肉の滋味……何とも言い難い妙味にフィオーラは暫し言葉を失った。
「むむ……これはまた……」
「どうやらすき焼きに似せた味付けのようだが……」
「蛇肉と聞いて、如何に調理しようと粗野な獣臭さが取れまいと思っていたが……何ともこれは……」
何だか判らないうちに招かれるままに茶屋の中へと誘われた侍達だったが、気がつけばフィオーラ同様に瞑目しながら旨さを堪能していた。
「あらあら皆さま……そんなに蛇肉が珍しかったのですか?でしたらハンザキ(オオサンショウウオ)も一度お試しになられたら、きっと癖になりますわよ?」
ツツジの言葉に一同は眼を輝かせるが、流石に今は無理と言うもの……しかし彼女の言うことならば間違いはなかろう……そう思って今は納得するしかなかった。
「さ、締めのお饂飩は如何ですか?」
「う、オゥドーン……!?」
フィオーラはその名前も聞いたことの無い食べ物がどのような代物なのか……未だ知り得ぬその正体に想いを馳せていた……。
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「白く細長い、滑らかで蠱惑的な肢体が見る間に黒く染まっていく……下卑た濃いその色は、まるで男達が純情な乙女に群がる様のように粗野でそれでいて……眼を離すことの出来ない原初的な剥き出しの魅力に満ち溢れていた……。」
尻尾の一つがブツブツと呟く中、鍋の中で【オゥドーン】がゆらゆらと揺らめきながら舞い踊り、フィオーラの意識を引き込んで離さない。
「さ、お饂飩も煮えましたよ?遠慮なさらずに御召し上がりになって!」
ツツジの言葉に反応した面々は、フィオーラが取るのを今か今かと待ち続けていた。だが……、
「……よっ、と……あ、あれぇ!?」
そう……オゥドーンはまるで意識を持った滑る魚のように彼女の箸に掴まれる振りをしてはするり、と逃げ、するり、とまた逃げて……、
周りからの(早く取れよ俺達が取れないじゃんか)プレッシャーに押し潰されそうになり、涙眼のフィオーラを見かねたツツジが、
「あらまぁ……それはこうやって……鍋の端に器を持ってきて……こう、ヒョイって……はい!さぁ、卵を落とし入れても美味しいですよ?」
「……ふぁい……いただぎまずぅ……(ちゅるん♪)……お!?……もむもむ、(ちゅるるん♪)……もむもむ、もむもむ……う、うままままままぁ~♪」
いやいや擬音とかうままぁとか既に言語崩壊してるじゃん!と突っ込まれかねない食べタレ失格な状況説明抜きの表情しか見せられないアイドルさながらのリアクションを見せながらも、フィオーラはまたも落涙した。べ、別にさっきまで泣きそうだったからじゃ……ないんだからねッ!!
ややもすれば煮込み過ぎて腰の無くなる饂飩も十分に味が沁みていて、正に心に水が沁み込むように速やかに胃の腑へと落ちていった。
「旨いなぁ……ツツジさんのお料理、みんなみんな美味しいよぅ……ねぇ皆んなもそう思うでしょッ!?」
「え……そうなの……?」
「私達、背後霊みたいな状態だからお腹も空かないしなぁ~」
「……まぁ、そうなのか?」
「美人だよね?」
「ああ、美人だ。」
「くそぅ……食わせろ……」
「あ?聞いてなかった」
「なぁ、誰か俺を踏まなかったか?」
……私の大切な尻尾達は、概ね同意してくれたみたい!!そーだよね大切な仲間なんだよね!!……もう一回踏んでやるか?
「こほん……、まぁ、そんな訳で!!」
私はガバッ!とその場でこの国独特の【ミツユビツイテカラノドゲザ】と言う美しい形でのお辞儀をして、
「暫くここで厄介になります!!屋根裏でも押し入れでも何なら軒先でも構いませんから御願いします!!ここん家の子として預かってください!!」
「……はい?」
「あの……そんな格好は【金色九尾】様には相応しくありませんから……どうかおよしになって下さいませ……」
カエデとツツジは呆然としていたが、フィオーラの真摯な態度に感銘を受けたか、若しくは恥ずかしいことを恥ずかしい格好で言っている妖魔に気圧されたのか……ともかく、
「仕方ないなぁ……お母さん、私の部屋なら別に構わないよ?」
「そうね……ま、暫くならいいですわよ?」
「……やった!!ありがとうツツジさん!!カエデちゃん大好きぃ~♪」
むぎゅっ、と抱き付きながら嫌がるカエデにハグ&○○を敢行し、周囲からやり過ぎと引き離されながら、その日の夜は恙無く過ぎていった……。
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「……で、今日と言う今日こそは……我々にご同行していただいて!その……我が姫君と奥様の眠りの呪いを……!」
「……え?奥様ってそっちも寝てるの?」
フィオーラはやや呆れ気味に面々を眺めながら、まずこの人達の名前もぜーんぜん聞いた無いよ!?と今更ながら気がついた。
(彼等は各々に当然ながら名前は有りますが、長い話に然程の必然性も無い為に割愛します。眠り姫の小人の名前でも適当に嵌め込んで下さい)
「……と、言う訳で我々九人が命を受けて馳せ参じた次第……あの、聞いていますか?」
「……ん?あ、勿論聞いてましたハイ!大変ですよね呪いって授けた奴を倒さなきゃ解けないんでしょ?」
「……ま、そうなんですが……その【金色九尾】は拠り代に空を舞う大きな鷹を選びまして……今は何処にいるやら……我々にも判らぬ所存でして……申し訳ない……」
九人の一人、【緒古里猪三】と名乗った侍はそう言いつつ、無念そうに頭を垂れた。
「ふーん……ま、探してやっつければいーんでしょ?それじゃ行ってきまーす!」
「ふいおら様!夕げまでにはお帰りになってくださいね!」
「いってらっしゃ~い!」
ツツジとカエデ、そして九人の侍に見送られて、フィオーラは颯爽と走り出した。……のだが、
「……っと!ツツジさん!お弁当作ってくれない!?あとおこりんぼサン!お城って何処?」
ツツジは笑いながら、そして侍達は心配顔でフィオーラを出迎えて、そして再び送り出して見送った。
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私は小高い丘のてっぺんに生えている、大きな樹の梢の枝に腰掛けながら手にしたお弁当を広げようとしていた。さてさて……中身はなんじゃろな?
「……ねぉ、フィオーラ……大きな鷹を探すったって、どうするつもりなの?」
アネモネが心配そうに語り掛ける。確かにそれは私も心配してたんだけど、ま、何とかなるでしょ!
私はツツジさんから手渡されたフロシキを開けてみる……よいしょ、よいしょ、……ん?中身は竹の皮で包んであるみたい!
「んん?そうね……先ずは腹拵え……ってもんでしょ!腹が減ったら負けるって言わない?……言わないか?」
「……呆れた……まぁ、あなたの身体に何人も纏めて取り憑いてるようなものだから仕方がないんでしょうけど……」
「さーて、お弁当お弁当っと……おぉ!!?」
それは人の頭位の巨大なお握り……それは干した黒い海草が貼り付けられていて無骨で、そしてあまりにも大雑把過ぎて……それはまさに【米塊】であった……。
「ねぇ、米塊って何なの?ねー、フィオーラ!こめかいってな~に?」
ライザがしつこく聞いて来るけれど、私の興味はその大きなお握りちゃんにしか有りませんから!
……ではでは早速……!
「それじゃ~、いっただっきまぁ~す♪あんむぅ~……?」
大きなお握りちゃんは麦の混ざった薄目の塩味御飯……だけどその麦も予め茹でてあったのか、プチプチとしていながらムッチリとした歯応え……うん!!美味しい!!
「もにゃもにゃ……!?ほむぅ♪」
更に食べ続けると、お!?コッチは刻んだお漬け物と……あ!これは塩昆布!!うんうん……?
「むきょむきょ……♪むちゃ!?」
あ!これは朝食べた御飯に付いてた《ウメ》とか言うすーっぱい奴!でもこれもこうしてお握りと一緒に食べると美味しい……♪種も抜いてあるし、ツツジさんの優しさが嬉しいな~♪
そのまま夢中で食べ進み、あーっと言う間に食べ終わりました!!美味しかったぁ……♪
「ごちそーさまでした!」
私は手を合わせて、感謝の意を表してツツジさんの真心一杯のお弁当を満喫しました!
さて……どちらに行ったらいーのかしら?
キョロキョロと周りを眺めると、ずーっと先に海が見えて、その側に小高い山の上に聳える綺麗なお城が見えました!あれね?九人のお侍の一人、【菜季務進蔵】さんが言ってた海のそばに有るお城って!!
お腹一杯で元気一杯になった私はわははははははは!と笑いながら梢から飛び降りて、ででででっ、と言わんばかりの猛進をしながら走り出した!
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……暫く走ってみたけれど、疲れはしないし速度も落ちない……おまけに走りながら周りの音や匂いは識別出来るし、それどころか生き物の気配だってちゃんと感じ取れちゃってる……。凄いなぁ、この身体!
確かに私は【狼人間】だったから体力には自信もあったけど、この身体の凄さは計り知れない……底の知れない潜在能力……そして、
……キュルルルルゥ~♪
こーやって直ぐにお腹が空いちゃうの、何とかして欲しい!!
「あぁ……眼が回りそう……困ったなぁ、お弁当食べちゃったし……!?」
目眩がして倒れそうな私の目の前に何かが飛来して、どすん、と重々しい着地音を立てる。
……え……?ま、まさか……こいつ……!?
「……ここは俺の縄張りだ!一体何処の妖魔が……って、ゲゲッ!!【金色九尾】かよ……!?」
ソイツは発音に向いていない嘴で器用に喋る変わった奴!
「ウソッ!?何でこんな所にグリフォンが居るのよ……?」
目の前の幻獣は私のことを視認して、翔んで来たのはよかったものの、格上も格上……まさかの相手に戸惑っているみたい……。
「ねー、アネモネ……グリフォンって……食べられるのかなぁ?」
「ちょちょちょちょっと待ってくれ!!悪かった悪かったって!遠くから見てたら狐か何かに見えたからだよ!?アンタみたいな【金色九尾】だって知ってたら絶対に手出ししないって!!それにほら!見てみろよこの痩せ細った不甲斐ない前肢をよ?今は喰ったって絶対に旨くないから!」
そう言いながらヒョイ、と突き出した前肢は確かにゴツゴツしているだけで肉付きも悪そう……でも、何より……
「なぁ~なぁ~お願いだから、な!?」
「まぁ~、そこまでお願いとか言われちゃったら……ねぇ……」
何と言ってもその変わったグリフォンの饒舌な様子に……私は何となく同情した、と言う感じだった……ねぇ?
「まぁ、少しの間なら我慢出来るし……(それに何だか不味そうだし……)」
「そう!?よかったよ~!……それにしてもあの化け鷹ったらイヤな奴なんだよ!!いきなり現れて俺の縄張りの城の天守閣に居座るだけじゃなくて、ソイツの歌声で何人も纏めて眠りの呪いを掛けられちまうし……城の主も恐れて逃げ出すし……なぁ、アイツを何とかやっつけてくれよ!じゃねーとまともに狩りの獲物まで遠くに行かないと手に入らないからさ……」
……よく喋るわね……コイツ……でも、色々と判ってきたことも有るし、グリフォンだろうと何だろうと……困ってる時は助けてあげたいよ?私ってそんな
奴なんだよね……。
「そうそう!この騒動の決着が付いたらお礼に【秘密の狩り場】に案内してやるからよ?そこなら好きなだけ獲物で腹一杯になるまで狩りまくっていーぜ?アンタならきっと上手く狩れるだろうさ!!」
秘密の狩り場、ねぇ……何が居るんだろーか?
✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳
「うわっと!!もうこんな時間かよ!?ヤバいヤバい【場主】に目玉食らっちまう!!」
先程まで景気良く捲し立てていた弁士が慌てた様子でそう言うと、
「悪りぃが今夜はここまでだ!!続きは明日のこの場所で、お代は纏めてその晩に貰いやす!!」
言うが早いか壇上から飛び降りて、木戸をガラリと開け放ち、
「済まねぇ!!明日はちゃんと噺すし必ず【噺のオチ】も教えてやるからさ!!」
……そのまま弁士は走り去り、闇の彼方へと消えてしまった。
「あら残念ですわ……まだ噺の終わりも見えていないってのに……でも、ねぇ?」
そう言う隣の娘さんが私に向かって悪戯っぽく笑いながら、
「……先程の御約束、覚えていらっしゃいますか?」
私は勿論、覚えていた……娘さんと相席をもう一軒、と言う約束を。……しかし、こうなってみると……しっかりと眉に唾を塗っておかない(※①)と……油断大敵って言うからな……?
私は彼女の手を取りながら外に出ると、町の中心部に向かって遡るように川沿いの道を戻って行った。
※①→狐や狸に化かされて騙されないようにするおまじない。
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そんな訳で……唐突に長文に変更されたりします。それではまた次回もお楽しみに!!