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2-5

 近づいてみて、初めて分かった。

 黒い。石の色ではなく、血の色だ。どれほどの血がこの台の上で流されたのか。

 遺跡に入ってずっと肌に貼りついていた死の気配が、たとえようもない濃密さで押し寄せて来た。


『匂いの源泉は、この下の通路の先にある』


 ラが示したのは、寝台の下。黒光りする石の床だった。


『この下に通路が続いている』


 ユウマは床を叩いてみた。硬い手ごたえだけが返ってきた。かなり分厚い床のようだ。一見したところでは、ただの床にしか見えない。


「隠し扉ですね。何か仕掛けがあるのでしょう。大丈夫です。こういった謎解きは、私の範疇です。ここはお任せください」


 アーリィはレンズを取り出し、寝台の側面をつぶさに観察し始めた。

 仕掛けを探すのも大変らしい。指で石を叩いて、音と感触の微妙な変化を確かめたり、黒ずんだ寝台の匂いを嗅いでみたりと、大忙しだ。


 ユウマとラが、特にやることもなく黙って突っ立っている間に、彼女は寝台を一周し、首を傾げて、今度は床の観察に移った。


「見つけられそうか?」

「問題ありません。こういった仕掛けは、大抵の場合、祭壇などの目立つオブジェクトの近くに基点があるものなのですが、例外ももちろんあります。ですが、それがどこであれ、不自然な箇所は必ず存在します。時間はかかりますが、見つけてみせます。少し、明かりを強くしていただけますか?」

「部屋の床全てを調べるのか?」

「何かを見つけるまでは」

「大変そうだな……」


 やることがないこともあって、ユウマは辟易してきた。ちょうど思いつくことがあったのでアーリィを立ち上がらせる。


「ラ、この下に通路があるのは確かなんだな?」

『無論だ』

「よし、炎で床を溶かしてみよう」


 戯けたことを言い出したユウマに、アーリィが慌ててストップをかけた。


「ユウマ様、いけません。これはグライン材の床です」

「そうか」

「グライン材を、ご存知なのですか?」

「いや、知らない」

「この世で最も固く重いと言われる、永久不変の材です。炎であぶったところで、グライン材は劣化しません。それどころか、熱で仕掛けが狂ってしまえば、ここは二度と開かなくなってしまいます」

「まあ、うまくやるよ」

「いえ、グライン材とは、魔族の作った未知の石材で、」

「駄目そうなら、あきらめるよ」


 人の話を聞かない男に、何を言っても無駄である。


 ユウマは指を立てた。

 瞬間、巨大な熱が生まれた。空気が膨張して、爆発音と一緒に一気に広がった。

 死臭が圧倒的な熱風にかき消され、広間の中の温度が際限なく上昇してゆく。光がゆがんだ。肌が焼け付きそうな熱量が、収束してゆく。


 裾を引かれる感覚で、アーリィは我に返った。


『下がるぞ。死ぬ』


 ラが、彼女のマントをくわえて引っ張っている。アーリィは素直に下がった。

 広間の外まで出たが、まだ熱い。激しい熱風が広間から吹き出しており、それが肌に当たる感覚が、熱いというより痛かった。


『やけどはしてないか?』

「少しひりつきますが、問題ありません」


 アーリィは目を見開いて、じっとユウマを見つめている。

 彼の指さした先に、太陽の輝きが生み出されつつあった。針の先ほどの極大の白光。その一点に、どれほどのエネルギーがこめられているのか、想像もできない。


「あの方は、本当に人間なのですか?」

『そうは見えないか?』

「見えません。あれほどの炎、人に操れるはずがありません。あれは原初の炎。本物の、古き神の……それを意のままにするあの方は、……」


 興奮しているのか、熱にやられたのか、彼女の白い肌は紅潮している。表情はやはりまるで変わらないのだが、声は明らかに上ずっていた。


 ユウマがひょいっと指を曲げた。白熱の極点が押し出されて、石材に接触する。

 黒い石材が瞬間的に溶解し、沸騰した。猛烈な勢いで黒煙が噴出し、吹き散らかされてゆく。

 真っ赤に溶けたグライン材が、どろりと四方に流れた。


 瞬く間に床材の厚みはゼロになり、粘体となったグライン石が洪水となって、その下の通路に流れ出した。

 そこには山のように屍人がひしめき合っている。

 彼らは何をする間もなく押し倒され、粉砕され、燃え上がった。一瞬で灰となり、それすら溶岩に埋め込まれてゆく。

 溶けた石材が、全てを飲み込んでいった。


 石材の階段は、溶けた石材に上塗りされて、平らな下り坂となって再び形成されていった。


 そこまで見届けて、ユウマは太陽を消した。

 真っ赤に燃えていた溶岩が、色を失う。部屋の空気がゆるやかに冷まされていき、風が吹き込んできた。


 空気が薄くなっている。

 ユウマは息をついた。広間の外から様子をうかがっている二人に声をかけた。


「大丈夫みたいだぞ。さっそく下りてみよう」


 答えは、呆れたようなラの声だった。


『行けるわけないだろ。私はともかく、アーリィが今そこに入れば、全身やけどであっという間に死んでしまうわ』

「これくらい、大丈夫だろう」

『馬鹿やろうめ。お前みたいな図太い人間ばかりだと思うな。そこが人間の通れる環境に落ち着くまで、私たちは外に出る。こいつの体を冷ましてやらないと』


 赤くなったアーリィの肌を確認して、ラは言った。


「ラ様、私はべつに」

『駄目だ。跡が残ったらどうする。お前は女だろう』

「いえ、魔導士です。傷跡など残ったところで、性能は変わりません。行動に支障もありませんし、何も外まで出ずとも」

『黙ってろ。いいから来い』

「は、はい……」

「お前らが行くなら、俺も行こうか?」

『いらん。お前はそこで、せっせと通路の整備をしていろ』

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