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山中を、渓流が蛇行していた。
洞窟はその途中、落差のある滝の裏にあった。
入り口は、大きな岩と岩にはさまれたすき間で、四つん這いにならないと入り込めないほどせまく、入ってみればその中は、四方をごつごつした岩に囲まれて、勾配も著しい、通路とも呼べない空間が延々続くものだった。
壁は水がしたたり、ぬれて滑りやすい。
しばしば水たまりが行く手をさえぎり、せまい中で体をくねらせ、迂回しなければならなかった。
『この先に、遺跡とやらがあるのか。確かに風は通っているが』
ラが、風の匂いを嗅いでいる。
「そうなります」
『この奥に何かあることを、初めから知っていたわけではないんだろう? どうしてこんなところに入ろうと思った?』
「いえ、この近辺に遺跡があることは分かっていました。入口となる空間を探し回って、ようやく見つけたのが、この洞窟なのです」
進むうちに、奥から流れてくる風にかび臭い匂いが混ざってきた。それは、ユウマが初めて嗅ぐたぐいの匂いだった。
「ここは怖いな。狭くて剣も持って入れなかったし、ここではどう動くのが最適か、全く見えない。例えば今、この天井が崩れればどうする」
「死にます」
「どうしようもないのか」
「ないです」
起こりうる全ての危険に備えることなど、不可能だ。
開き直って委ねることも、探索者には必要な技能なのだと、アーリィは言った。
「そういうものか」
そう思い切ると、なるほど、少しは楽になった。
「ユウマ様のお力で、明かりの心配をせずにすむだけ、楽をさせていただいております。常に油の残量を気にしながら未知を探索するのは、精神を消耗するものですから。それに、ラ様もおられます。前に立って、進むべき道を先導していただけるので、これほどありがたいことはありません」
『帰りのことも心配しなくていい。分岐はいくつかあったが、どこをどう歩いてきたか、私が失うことはない』
「素晴らしい力です。ラ様ほど探索に秀でた方を、私は知りません」
『お前、いいやつだな!』
普段ほめられることのないラは、無邪気にうれしそうにした。
『おい、聞いたか、ユウマ。これが正しい反応だぞ。お前ももう少し、普段から私の有用性をかみしめて、感謝すべきなんだぞ!』
「感謝してるよ」
『嘘だ。お前は、私がどれだけ力を貸そうと、それを当然だと思っている。だからいくら尽くされても、何とも思わない』
「そんなことないけど」
『いいや、そうだ。そんなだとな、いつか私に見捨てられるぞ。いいのか?』
「嘘。見捨てるの?」
『それはお前次第だという話をしている。困るだろう?』
「困るというか、悲しい」
『そうだろう』
「うん」
『いつもありがとうと言え』
「いつもありがとう」
ひどい茶番だが、ラは満足そうにしている。
両腕を広げられるほどの大きさの、綺麗な円柱の縦穴に出た。
かび臭い匂いは、どうやらその上からもれてきているようだった。ねっとりと肌に張り付くような、嫌な気配がただよっている。
「ここを上がれば、魔族の遺跡です。屍人が多くおりますので、おそらくは、メドヴェを祭る神殿だったのだと思われます。お気をつけください。この先は、どのような悪意ある仕掛けが待っていても、不思議ではありません」
「屍人というのが、さっきのあいつ程度のものなら、どれだけいても大丈夫だよ。魔族とかいうのは、そんなに強いの?」
「強いです。彼らは人よりもはるかに強い力を持っていました。ですが、魔族はおそらく存在しません。彼らは、八年前にこの大陸から駆逐されました」
ユウマは首を傾げた。
「つまり、戦いはもう終わってるの?」
「はい。ですが、彼らが持ち込んだ赤い目の神々や、その眷属は、今なお生き残っているものも多くいます。メドヴェは十年前に滅びたはずですが、ここにはその眷属が存在しているかもしれません。用心しましょう」
縦穴の上には、むき出しの岩壁ではなく、細かな紋様で飾られた石壁が広がっていた。
人が通るために整備された通路だ。五、六人が一度に通れるほど広く、天井も高い。床には、泥や水草ではなく、赤黒い綿ぼこりが舞っている。
長い通路を歩いていくと、やがて前方に日の光が差し込んだ。
石の壁が大きく崩れて、そこから外の空気が流れ込んでいる。のぞき込むと、かなり下の方に岩肌が見えた。
どうやらこの通路は、山の地中を掘り進んでおり、崖となった山肌から一部突き出しているようだ。
そこが崩れているのである。
「これは、お前が?」
「いえ。ここは、私が足を踏み入れた時からこの状態でした。少し先に広間があります。私が破壊したのは、広間に続く扉です」
広間には、アーリィが破壊したと思われる屍人の残骸が、折り重なっていた。足の踏み場もない状態である。すでに動くものは存在しない。
それほど広い空間ではないが、天井はやけに高い。ユウマの浮かべる火の玉は、通常のランプに比べて相当明るいが、それでも照らしきれない闇が、頭上に立ちこめている。
声を上げると、反響が遅れて返って来た。
「この部屋の探索は、私も初めてになります」
「そうか。ラ」
ラは、慎重に風を確かめた。
『空気の流れは二方向だな。下方へ続くものと、上方へ続くもの』
「死人の気配が濃いのは?」
『圧倒的に、下へ続く方だ』
「それでは、そちらへ参りましょう」
『こっちだ』
ラは、広間の一番奥、他から一段高くなったところに置いてある、石造りの寝台らしきものに向かった。