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2-4

 山中を、渓流が蛇行していた。

 洞窟はその途中、落差のある滝の裏にあった。


 入り口は、大きな岩と岩にはさまれたすき間で、四つん這いにならないと入り込めないほどせまく、入ってみればその中は、四方をごつごつした岩に囲まれて、勾配も著しい、通路とも呼べない空間が延々続くものだった。


 壁は水がしたたり、ぬれて滑りやすい。

 しばしば水たまりが行く手をさえぎり、せまい中で体をくねらせ、迂回しなければならなかった。


『この先に、遺跡とやらがあるのか。確かに風は通っているが』


 ラが、風の匂いを嗅いでいる。


「そうなります」

『この奥に何かあることを、初めから知っていたわけではないんだろう? どうしてこんなところに入ろうと思った?』

「いえ、この近辺に遺跡があることは分かっていました。入口となる空間を探し回って、ようやく見つけたのが、この洞窟なのです」


 進むうちに、奥から流れてくる風にかび臭い匂いが混ざってきた。それは、ユウマが初めて嗅ぐたぐいの匂いだった。


「ここは怖いな。狭くて剣も持って入れなかったし、ここではどう動くのが最適か、全く見えない。例えば今、この天井が崩れればどうする」

「死にます」

「どうしようもないのか」

「ないです」


 起こりうる全ての危険に備えることなど、不可能だ。

 開き直って委ねることも、探索者には必要な技能なのだと、アーリィは言った。


「そういうものか」


 そう思い切ると、なるほど、少しは楽になった。


「ユウマ様のお力で、明かりの心配をせずにすむだけ、楽をさせていただいております。常に油の残量を気にしながら未知を探索するのは、精神を消耗するものですから。それに、ラ様もおられます。前に立って、進むべき道を先導していただけるので、これほどありがたいことはありません」

『帰りのことも心配しなくていい。分岐はいくつかあったが、どこをどう歩いてきたか、私が失うことはない』

「素晴らしい力です。ラ様ほど探索に秀でた方を、私は知りません」

『お前、いいやつだな!』


 普段ほめられることのないラは、無邪気にうれしそうにした。


『おい、聞いたか、ユウマ。これが正しい反応だぞ。お前ももう少し、普段から私の有用性をかみしめて、感謝すべきなんだぞ!』

「感謝してるよ」

『嘘だ。お前は、私がどれだけ力を貸そうと、それを当然だと思っている。だからいくら尽くされても、何とも思わない』

「そんなことないけど」

『いいや、そうだ。そんなだとな、いつか私に見捨てられるぞ。いいのか?』

「嘘。見捨てるの?」

『それはお前次第だという話をしている。困るだろう?』

「困るというか、悲しい」

『そうだろう』

「うん」

『いつもありがとうと言え』

「いつもありがとう」


 ひどい茶番だが、ラは満足そうにしている。





 両腕を広げられるほどの大きさの、綺麗な円柱の縦穴に出た。

 かび臭い匂いは、どうやらその上からもれてきているようだった。ねっとりと肌に張り付くような、嫌な気配がただよっている。


「ここを上がれば、魔族の遺跡です。屍人が多くおりますので、おそらくは、メドヴェを祭る神殿だったのだと思われます。お気をつけください。この先は、どのような悪意ある仕掛けが待っていても、不思議ではありません」

「屍人というのが、さっきのあいつ程度のものなら、どれだけいても大丈夫だよ。魔族とかいうのは、そんなに強いの?」

「強いです。彼らは人よりもはるかに強い力を持っていました。ですが、魔族はおそらく存在しません。彼らは、八年前にこの大陸から駆逐されました」


 ユウマは首を傾げた。


「つまり、戦いはもう終わってるの?」

「はい。ですが、彼らが持ち込んだ赤い目の神々や、その眷属は、今なお生き残っているものも多くいます。メドヴェは十年前に滅びたはずですが、ここにはその眷属が存在しているかもしれません。用心しましょう」


 縦穴の上には、むき出しの岩壁ではなく、細かな紋様で飾られた石壁が広がっていた。

 人が通るために整備された通路だ。五、六人が一度に通れるほど広く、天井も高い。床には、泥や水草ではなく、赤黒い綿ぼこりが舞っている。


 長い通路を歩いていくと、やがて前方に日の光が差し込んだ。

 石の壁が大きく崩れて、そこから外の空気が流れ込んでいる。のぞき込むと、かなり下の方に岩肌が見えた。

 どうやらこの通路は、山の地中を掘り進んでおり、崖となった山肌から一部突き出しているようだ。

 そこが崩れているのである。


「これは、お前が?」

「いえ。ここは、私が足を踏み入れた時からこの状態でした。少し先に広間があります。私が破壊したのは、広間に続く扉です」


 広間には、アーリィが破壊したと思われる屍人の残骸が、折り重なっていた。足の踏み場もない状態である。すでに動くものは存在しない。


 それほど広い空間ではないが、天井はやけに高い。ユウマの浮かべる火の玉は、通常のランプに比べて相当明るいが、それでも照らしきれない闇が、頭上に立ちこめている。

 声を上げると、反響が遅れて返って来た。


「この部屋の探索は、私も初めてになります」

「そうか。ラ」


 ラは、慎重に風を確かめた。


『空気の流れは二方向だな。下方へ続くものと、上方へ続くもの』

「死人の気配が濃いのは?」

『圧倒的に、下へ続く方だ』

「それでは、そちらへ参りましょう」

『こっちだ』


 ラは、広間の一番奥、他から一段高くなったところに置いてある、石造りの寝台らしきものに向かった。


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