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彼女は、イェルシェドからやって来たらしい。
はるか西のその地から、失われた土地の調査にやって来て、山中で発見した洞窟に入ってみたら、奥に遺跡らしきものを発見したのだと語った。
イェルシェドまで案内する条件は、その遺跡の探索に手を貸すことだった。
「遺跡の中で、厳重に封をされていた扉を見つけたのです。それを開くと、屍人がたくさんおりまして、大半はその場で滅したのですが、いくつか取り逃がしてしまったのです。まだ奥行きがあるようでしたし、敵性存在が多く、私一人では手に負えないかもしれないと思っていたところなので、助かります」
「イセキって何?」
「魔族の遺跡です」
ユウマはイセキという言葉の意味を知りたかったのだが、どうやらそれは説明するまでもない常識的なものらしかった。
「魔族って何?」
だから質問を変えたのだが、どうやらそれも常識的な知識だったらしい。
アーリィは、少しの間、沈黙した。
「魔族とは人の敵、赤い目の侵略者です。七百年前、突然レビア大陸に現れて、無差別に人を殺し、土地を奪おうとした種族です」
「そいつらは、赤い目の神を信仰してたのか。メドヴェとかいう」
「はい。メドヴェは、彼らの神の一柱です」
「お前は?」
アーリィの赤い瞳をちらりと見ながら、ユウマは言った。
「私は魔導士です。魔族を打ち倒すために人が生み出した、魔族の力を持った人間です。分類上では、一応人間ということになっております」
「人と魔族の混血?」
「少し違いますが、そのようなものです」
外の世界には、色んな種類の人や人以外のものがいるらしい。
何となく、ユウマはわくわくしてきた。
「あなたは、私のこの目をまるで恐れないのですね。人とは、赤い目を恐れるものだと思っておりました」
「俺は魔族なんて知らないから、見た目以上の感想はないよ。お前の瞳は澄んでいて、とてもきれいだ。くり抜いて取っておきたいくらい」
「……」
『やめてやれよ』
ユウマの懐のうちから、ラが口をはさんで言った。
『お前は、何かを恐れるような上等な思考能力を持ってないだけだぞ。お前にあるのは、殺す奪う食べる寝る犯す、それくらいなんだ』
さすがにユウマは憮然とした。
「お前、ちょっとひどくない?」
『ひどいものか。お前の馬鹿のせいで、私はいつも苦労してるんだ』
「お前の方こそ、いつも大げさなんだよ」
『はあ? はあ? 大げさなものか。
あの時もそうだ。水たまりを渡ろうとしたな。流れる巨大な水たまりだ。飛び越えられそうもなかった。
お前はどうした。走り抜けようとした。止める間もなかった。
行けるだろうと思っただと。ふざけやがって。結局沈んで呼吸できず、死にかけたじゃないか。懐にいた私も一緒にな。
くそったれ。あれで死んでたら、こんな情けない死に方はないぞ。小僧も泣くわ』
「あれは仕方ない。あんなに透明な中で、呼吸ができないなんて想定外だ。だけど俺はあれで学んだんだ。水とは集まると恐ろしいものだ」
『それを、見ただけで想像しないから、お前は馬鹿なんだ。お前はいつもそうだ。私が死にかけるのは、いつもお前が原因だ。近いうち、私はお前に殺されるに違いない』
「大丈夫だって。お前は強いから、簡単には死なないよ」
ラは天を仰いで嘆いた。
『もうやだ、こいつ』
「お二人は、仲が良いのですね」
平坦な眼差しで、二人のやり取りを見ていたアーリィが、当たり障りのないことを言った。
ラは牙をむき出しにした。八つ当たりである。
『本当にそんなふうに見えるなら、その目を取りかえてしまえ。そうすれば、人に恐れられることもなくなって、ちょうどいいだろう』
「いえ、この赤い色は呪いのようなものなので、取りかえたところで、時間がたつとまた赤く染まってしまいます」
悪態に思いがけない答えを返されて、ラは黙り込んだ。
「取りかえたことがあるのか?」
「いいえ、私は。ですが、過去にそういう魔導士がいたのは事実です。ほんのひと時、自らの宿命を忘れるため、同胞である人を襲って目を奪う。愚かしく、悲しいことです。そういったことも、魔導士が人に恐れられる理由なのでしょう」
「ふーん」
「……あなたは、やはり恐れないのですね」
恐れる理由がない。
ユウマの世界では、同胞を襲って殺すことも、殺した同胞の肉体の一部を加工して利用することも、いたって常識的な日常行為であって、愚かしくも悲しくも、まして恐ろしいことでも何でもない。
平然としたユウマを、アーリィは赤い瞳でじっと観察している。心の底をのぞき込もうというような、強い視線だった。
「気づかれませんか?」
「何が?」
「今、ユウマ様に私は、どのように見えていますか?」
「何言ってんの?」
「いえ、申し訳ありません。何でも……」
アーリィは首を振り、フードをかぶり直した。その奥からぽつりと言う。
「あなたは、変わった方なのですね」