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2-2

 間もなく、人影が木々のすき間から染み出すように現れた。

 灰のマントで身を包み、フードをすっぽりかぶっている。


 子供? 小柄な影だった。


 中腰になり、油断なく辺りの様子をうかがっている。

 不自然に空けられた空間と、その中心に置かれたオブジェを見て、動きを止めた。


 オブジェが突然燃え上がった。

 人影は、一瞬ぎくりと体をこわばらせた。


 そこに、短剣が襲いかかった。


 影の反応は見事だった。風を切る音のみを頼りに地面に身を伏せる。

 短剣は、マントの肩の部分を突き破って後方に抜けた。


 フードが脱げる。ラの言った通り、若い女だった。

 彼女は地面に手を突き、すぐに起き上がろうとして、そして上方から襲い来る獣の巨大な牙を視界に収めた。


 女の手がひらめく。

 そこに闇が収束し、黒曜のやじりがいくつも生まれた。


 黒いきらめきが獣に殺到する。だが、それが突き刺さると見えた瞬間、空中に一瞬の灼熱が生まれ、黒曜を飲み込んだ。


 女が目を見開いた。


 そこに、巨大な獣がのしかかった。女の五体をがっちり押さえつけ、喉に牙を食い込ませたところで、動きを止めた。


 詰みだ。ラはいつでも女を殺せる。

 彼女もそれを悟ったのだろう、あお向けに地面に倒れたまま、再び抵抗する様子はなかった。


 ユウマは樹上から飛び降りて、二人に歩み寄った。


「死体は、お前がけしかけたのか?」


 女は目だけを動かし、ユウマの方を見た。そのまま、探るように彼の目を見つめた。喉を押さえつけられているために、くぐもった声で言った。


「人間ですか?」

「死体は、お前がけしかけたのか?」

「ああ、いいえ。私は魔導士です。それを追っていたのは、打倒するためです。先ほど団体に出会って、大半は殲滅したのですが、一体だけ逃がしてしまったのです」

「これは何なんだ?」

「屍人。メドヴェの傀儡でしょう」

「メドヴェ?」

「赤い目の一柱です」

「何それ?」


 女は、質問の真意を確かめるように、再びユウマの目を見つめた。真意も何も、ユウマは分からないことを聞いただけなのだが、彼女はそうは思わなかったらしい。


 希薄な印象の、まだ年若い少女だった。

 肌が白い。髪の色も、はだけたマントからのぞく服まで白い。肌に貼りつく薄地の服だ。


 口調はやけに丁寧だが、抑揚のない無感情な話し方で、表情も、魂が抜けてしまったように動かない。

 何もかも真っ白い無表情の中で、赤い瞳だけが浮いている。やけに長い白いまつげがそこに影を落としており、それが年齢不相応に艶めかしい。


「あなたは何者ですか?」

「ユウマ・トラン」


 素直に答えるユウマ。

 女は、意外そうに何度か目を瞬いた。どうやら名前を聞いたわけではなかったようだが、それについては何も言わず、


「ご丁寧にありがとうございます。アーリィ・アレンシャと申します」

「お前の喉をかじっているそいつは、ラだ」

「よろしくお願いします、トラン様、ラ様」

「ユウマと呼んでほしい」

「はい、ユウマ様」


 ラが、苛立たしげなうなり声を上げた。


『おい、何をほのぼの自己紹介しとるか。アーリィとやらも。お前ら状況を考えろ。人に喉をかじらせておいて、のん気に話をしてるんじゃない』


 アーリィは、びくりと硬直した。


「今の声は。驚きました。ラ様は言葉を解されるのですね。それにこれは、頭の中に直接声が伝わってくるような、何とも不可思議な感覚です。非常に興味が引かれます。一体どのような原理なのでしょうか?」


 興味津々である。喉に食いつかれ、一瞬先には殺されてしまうかもしれない状況なのに、まるで気にも留めてない様子なのだ。


『お前、状況が分かっているんだろうな』

「もちろんです」

『だったら他に気にすることがあるだろう。頭がおかしいのか?』

「その可能性は、大いにあります」


 ラは痛いほどに沈黙し、視線でユウマに助けを求めた。


「赤い目の一柱って何?」


 アーリィは、ユウマの方に視線を戻した。


「異教の神です。メドヴェは、死を冒とくし、復讐を最上の旨とするけがれた神です。私からも一つお聞きいたします。あなたはどちらから来られたのですか? ここは人がいないはずの土地なのですが」

「東にあるクドという平原から来たんだ」


 アーリィは少し目を細めた。


「ここよりさらに東。人がいるのですか」

「いるよ」

「まさか、あなたは、赤い目の神を信仰しておられるのですか?」

「違うよ」


 何のことだか知らないが、炎神ミラには眼球など存在しない。常に膨張と収縮を繰り返している、無形の漆黒のかたまりが、ミラである。


 そんな言葉だけでどう納得したものか、アーリィは一つうなずいた。


「であれば、ご安心ください。あなたが赤い目の神に組する者でないなら、私にはそちらに敵対する意思はありません」


 ユウマはちらりとラの方に視線を飛ばした。


『嘘はないな』

「そうか。なら、ん」

『いいのか? 気が変わるかも』

「それならそれで、べつにいい」


 ラは牙を離し、さっと離れた。

 絶妙な力加減だったらしい。アーリィの首筋は赤い跡がついていたが、皮一枚破れてはいなかった。


 彼女はそれを手で確かめて、ようやく身を起こした。


「素晴らしい連携でした。それに各々の力も特に秀でていますね。私はこれまで、自分が人におくれを取ることはないだろうと考えておりました。思い上がりでした」

「そうか」

「白熱の炎は、あなたの力ですね。素晴らしい」


 続いて彼女は、バラバラになった白骨死体に目をやった。


「あれも、あなた方が?」

「うん」

「ご面倒をおかけしました」

「いや、いい。ところでお前、イェルシェドっていう名前の土地を知ってる? ここから西にある土地らしいんだけど」


 駄目もとで聞いてみたのだが、当たりだったらしい。アーリィはうなずいた。


「イェルシェドが、何か?」

「知ってるの?」

「それはもちろん、存じておりますが」


 これは幸先がいい。ユウマは笑顔になった。


「そこまで、案内してもらえないかな?」


 アーリィは少し考え込んだ後、条件があります。と、言った。

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