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2-1

 クド高原の西端には、境を区切るように巨大な川が流れており、それを越えた先には、険しい山峰がふさがっていた。

 隆起する土地である。


 山に足を踏み入れて二日目、ユウマは見たことのない二足の獣の群れに遭遇し、軽い気持ちで焼き殺そうと炎のかたまりを生み出したところで、初めて周囲に立ち並ぶ植物の異様な燃えやすさを知った。


 すさまじい勢いで広がる炎。


 先頭にいた群れのリーダーらしき獣は、とっくの昔に影すら残さず消失しており、射線上にいた数匹もすでに消し炭になっている。

 残りは脇目もふらず逃げ出した。


 地面は焦げ、野鳥が群れで飛び立ち、混乱し、ひっくり返る。

 紅蓮の葉をつけた木々が、次々に倒壊した。


 ユウマは泡を食って炎をかき消したが、その時にはすでに一帯が焦土と化していた。


 えらいことである。

 彼には、燃え盛る炎を一瞬で消すことはたやすいが、灰になってしまったものをもとに戻すことはできない。


 この土地で無分別に炎を使うと、大惨事になることを学んだ。

 それはいい。

 いや、よくはないが、細かいことは気にしないように頭を切りかえて、いいということにした。


 問題は、不用意に炎を使えなくなったことである。


 範囲をしぼれば延焼を防ぐのはたやすいが、それには余計な集中が必要で、ユウマはそうすることに慣れてない。

 不安である。

 何しろ数千年モノの引きこもりが初めて外に出た状態であり、見知らぬ場所で力を自在に使えないというのは、いかにも心細かった。


『とはいえ、短絡的にここで炎を使うのは止めろよ。あんなのはもうごめんだ』

「ここの植物は、なんであんなに燃えるんだろう?」

『乾いているからだろう。見ろ』


 ラは、前足で地面をえぐった。


『どこを取っても土が湿っている。ここの植物は、水をためておく必要がないんだ。必要な時に必要なだけ、地面から吸えるから』

「なんて迷惑な土地だ」

『ここの土地にしてみれば、迷惑なのは間違いなくお前の方だけどな』

「まさかこれほど燃えやすいものがあるとは、想定外だった。だがこれで学んだ。湿った土に生える植物は、やばい」


 炎の扱いにさえ気をつければ、彼らの旅は順調そのものだった。

 水や食糧になる獣は、故郷の荒野とは比べられないほど豊富で、西の地はずいぶんと生きやすいらしい。

 隆起した大地をいくつも越えるうちに、植生は刻々と変化したが、燃えやすいという一点は変わらず、やがてユウマは炎の微妙な扱いも覚えた。


 そうして月が三度巡るほどの旅路を経たある日、ラがぴくりと顔を上げ、言った。


『何かが来るぞ』

「また獣?」

『違う』

「人か。やっと人に会えるのか」

『いや……それが、よく分からん。姿かたちは人だ。しかし匂いは違う。近づいてくる。速いぞ。右側から登ってくる。このままだとぶつかる』

「この近くに、動ける空間はあるか?」

『ん……ないな』


 ユウマは剣を抜いた。

 周囲に立ち並ぶ幹を、横なぎにする。二抱えほどもある大木が、次々地響きを立てて倒れていった。


 ユウマとラを中心に、そこに少しの空間ができた。

 ユウマは短剣を抜いた。ラに言われた方に向かって投擲の構えを取る。


 急斜面を越えて現れたのは、人でも獣でもなかった。人骨だ。

 ほとんど骨だけになった死体が、ずたぼろのよろいを身に着けて地を這っている。それは、ユウマを視界に収めた瞬間、飛びかかろうと四肢を深く踏ん張った。


 その前に短剣が飛んだ。

 剣は頭蓋骨を木っ端みじんに粉砕して、なお勢いを切らさず、背後の巨木に深く突き刺さった。


 しかし、死体は止まらなかった。頭部を失った状態で、何の痛痒も感じさせず、ユウマに飛びかかってきた。


 一瞬で姿を巨獣に変じたラが、横からそれを押し倒す。ひと噛みで鎖骨を砕き、続いて四肢を引きちぎり、さっと飛びのいた。


「何だこれ。どうなってる?」


 四肢と頭部を失った白骨死体が、それでも動こうと体をくねらせている。その光景の不気味さに、さすがにユウマも眉を寄せた。


「クドの加護がないからか? だから死体が大地に還らず動き回る。外界では、死体は自由に動き回るものなのか?」

『いや、どうやらそういうわけでもない』


 ラが、胴体だけになった白骨を前足で押さえ、鼻を突っ込んだ。よろいを粉砕し、何かをくわえ、放り出した。そのとたん、死体の動きが止まった。


『それが、死体を動かしていたらしい』


 ユウマは拾い上げた。

 赤い石だ。きれいに磨かれ、ほとんど球体をしている。それは、彼の手の中で何度か断続的に光を放った後、力つきたように沈黙した。


「心臓の代わりか、これは?」


 ユウマの目には、何となくそういうふうに映った。


『いずれにしても普通じゃない。まったく、外界はとことん油断ならない、』


 言葉を途中で切って、ラは再びするどく言った。


『ユウマ』

「また来たのか。死体かな?」

『いや、今度は立って歩いている。匂いも。人だ』


 ラは、手のひらサイズの愛玩動物に縮んで、ユウマの足もとに隠れた。


『女だ。それもまだ若い。この死体の後を追ってきている感じだ。関係者だぞ。死体を操っていたやつかもしれない。足音がほとんどない。気配も。気づくのが遅れた。かなりの手練れのようだぞ。どうする。会うか』

「気づかれてる?」

『間違いなく』

「いったん距離を置くのが正しそうだけど。情報はほしいな」


 ユウマは、地面をこすって自分の足跡を消して、そこに深々と剣を突き刺した。そして胴体だけになった白骨死体を立てかける。

 あとは、ラを懐に入れると、ひと飛びで背後の木の枝に取りつき、音もなく登っていった。

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