4-12
騎士として育てられたイスリスは、しかし魔族と戦うことはなかった。
戦争が終わったからだ。
彼女が戦ったのは、魔族ではなく人間だった。略奪団だ。
戦争が終わり、不要になって捨てられた兵士たちが、その力を人間に向けたのだ。
人と人の戦い。
戦後五年ほどは、各地でそういう戦いが頻発していた。
四年前、北部で大きな略奪が起きて、首都から討伐部隊が出された。
騎士イスリス・ローズを筆頭に、三十名態勢の部隊。兵士たちはいずれも歴戦で、兵士くずれの盗賊ごとき、五倍の人数が相手でも、難なく打ち倒せるはずだった。
しかし……
「君も知ってるだろう? 当時の北部の荒廃ぶりは、今の比じゃなかった。
被害にあっているはずの村々は実は盗賊団の一味で、気づいた時には、私たちは四方を敵に囲まれていた。
個の力がいくら勝っていようと、補給も休息もままならない敵地で、戦えるわけがない。私は、部隊を二つに分けて、少数を囮に、多数を逃がすことにした。
選択しなければならなかった。大局のために誰を殺すのか。私は、選んだ」
できれば話したくない記憶だった。それはイスリスにとって一生の傷だ。
しかし彼女という人間を理解させるには、避けられない話だった。
首都に逃げ帰って、イスリスは彼の妻と子に会った。
彼らは、一つの恨み言もぶつけてこなかった。代わりに、叱咤した。
盗賊団を、今度こそ討伐しなければならないだろう。
それはあなたの役目であるはずだ。
三百の兵を連れて、イスリスは再び北部へ向かった。
怒りと悲しみを胸の内に秘め、彼女は盗賊たちを徹底的に打ち倒した。逃げた者も、決して許さなかった。
一年かけて、四方に逃げ散った盗賊たちを討ち取り、彼女は凱旋した。
そして、彼の妻子の死を知った。
一家の稼ぎ頭を失った彼らは、あっけなく貧困に落ち、千切れるように死んでしまっていたのだった。
「何が悪かったんだろうと思った。彼を死なせた私か。彼を殺した盗賊か。彼の遺族を食い物にした人たちか?」
「……」
「きっとその全てなんだよ。そしてその全ては、貧困に根差している。誰もが満足に食べられない。だから奪おうとする。そうしなければ生きていけないから。
馬鹿にしやがって。こんなふざけた時代は私が終わらせてやる。
八つ当たりかもしれないけど、私はそう思った。
だからここに来た。生きる術を失った人が、ここに来れば少なくとも飢えて死ぬことはない。そんな場所を作りたかった。
奪わなくても、殺さなくても、人が生きていける世界を作ること。それが今の私の全てなんだ」
アーリィはじっと黙って、イスリスの身の上話を聞いていた。
「どう思った? 私を」
「高い志を持った、立派な方であると思います」
イスリスは苦笑し、首を振った。
「ありがとう。だけど、今聞いたのは、そういうことじゃない。私は君にとって、信頼できる人間になれそうかな?」
アーリィから、いぶかるような気配が伝わってきた。
「私は、君を道具のように使うつもりはないよ。そうすることをやめて、私は今ここにいるんだ。
誰かと同じ道を歩くなら、私は仲間という関係を結びたい。互いを信頼し合って、背中を預けられる関係になりたい。
だから、まずは私を知ってもらおうと思った。君に、私を信じて受け入れてもらうには、そこから始めるしかないと思ったから」
「……」
「君も教えてくれ。どんな目的があって、私に近づいてきたのかは、もういい。ただ、これから二人で力を合わせて危険な迷宮探索に向かうのなら、君がどういう人なのかは、知っておかなくちゃいけない」
「私は、魔導士です」
彼女のその言葉には、冷たい拒絶の意思が見え隠れしていた。
魔導士だから、人とは分かり合う必要などないと言いたいのか。
「確かに君はそうだ。だけど魔族とは違う。君とはこうして対話ができる。それなら、いずれ分かり合って、手を取り合うこともできるはずじゃないか?」
アーリィは答えない。まっすぐイスリスを見つめている。
何も変わらない平坦な視線。
だが不意に、そこから殻が割れて染み出すように、複雑な感情が現れた。それは、これまでの彼女からは想像もできない、どろりとにごりきった眼差しだった。
苦悩と恐怖、そして逡巡……。
そこから何が出てくるのか、イスリスはじっと待った。
「人の持つ怨念が、それほど浅いものであるなら……」
ぽつりと、アーリィは何かを言ったようだった。
しかしそれは途中で途切れて、空に溶けて消えた。
一つ息をついて、まっすぐにイスリスを見る。その時には、彼女の目は、もとの何も映さない無感動なものに戻っている。
「ローズ様、私のことはどうかお気になさらず、存分に使いつぶしてください。それに耐えられるだけの性能は、持っているつもりです」
「そんなことは、私にはできないって言ってるんだ」
「あなたは誤解しておいでです」
「何が」
「魔導士というものを」
「何だよ、それ」
アーリィは、その問いには答えなかった。
「ローズ様。この辺りでやめておきましょう。とらえられた方々をあまり待たせるのは、よくありません」
「待って。話はまだ終わってないよ」
「どうか、ご理解ください。こちらです」
彼女は背を向けて、死体の上をゆっくりと歩き始める。
その背中は、明らかな拒絶の意思を示しており、イスリスは黙って見送るしかない。
憔悴しきったフレアを思い出した。憎らしいほど気丈で不遜だった彼女を、あれほどまでに打ちのめし、おびえさせる魔導士。
こんな死体を量産してみせる、底知れない残虐性。
神殿のたくらみを次々暴いてゆき、そのためにはどんなものも利用してみせる狡猾さ。
しかし、最後に目にした彼女は、そのどれからも遠い。
実際の彼女は、どういう存在なのか。
それは、冷たい魔導士の仮面に覆われて、結局イスリスには読み解けない。
イスリス「奪わなくても、殺さなくても、人が生きられる世界を作ってみせる!」
ユウマ 「人ってそういうもんとちゃうの?」
ヒーローがどっちかは明白ですね。




