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1-2

 向かった先の天幕には、夢占師だけではなく、族長であるグスラル・トランもいた。

 やはり何か並々ならないことが起きているらしい。


「来たか、座れ」


 言ったのは、夢占師ではなくグスラルだ。

 彼は、明らかに機嫌を損ねているといったふうにユウマをにらみつけ、自分のすぐ隣を指さした。

 ユウマがそこに座ると、グスラルは低い声で恫喝するように、夢占師に言った。


「何度も言うが、俺は反対だぞ」


 答えて夢占師が言う。


「お前の了解など、誰も求めとらん。これは定められたことなのだ」

「ふざけるな。気に入らねえ」

「お前なんぞに気に入られなくて、けっこう」

「ぶっ殺すぞ」

「やってみろ、愚か者」


 二人は猛然と言い争い始めた。


「氏族から《炎の手》を追い出して、その後、俺たちはどう戦うんだ? あっさりと皆殺しにされて終わるぞ」

「こっちだって何度も言うが、これはミラの託宣だ。その前には、我々が生きようが死のうが関係ない。それともお前は、ミラに逆らうのか?」


「馬鹿、聞け。俺だって、何が何でもユウマを離さんと言ってるんじゃない。

 ミラは、期限を切らなかったんだろう。なら、何も今すぐ送り出さずとも問題あるまい。マカラとボロダンを滅ぼしてやった後なら、喜んで送り出すさ。

 いや、せめてやつらの《炎の手》を殺してしまいさえすれば、あとは俺が」


「ふん、同じ話は、お前が長になった時も聞いたな。すぐにでも、その両氏族を滅ぼしてやるとな。それがどうだ。あれから二十五祭(約四百年)すぎたが、どっちもまだぴんぴんしとるじゃないか。

 お前の話など当てにならん。

 それとも何だ、今すぐこの状況を打開する作戦でもあるのか?」


「ああ、もう! ごちゃごちゃうるせえ!」


 グスラルは癇癪を起こした。床を殴りつけ、その場に寝転がる。


 彼らは氏族をまとめる双璧でありながら、実に仲が悪い。顔を合わせればこうして喧嘩するのだが、言い争いはいつも一方的だ。


「馬鹿が。足りない脳みそでいちいち突っかかってきても、こうなることは目に見えとるだろうに。……さて、ユウマよ。聞いての通りだ。先ほどミラより私に宣託が下った。お前は何か察したか?」

「ついさっき、姿を見た。俺にはミラの言葉は聞けないけど、これまでの二度の接触とは違う特別な感情があったような気がするな」


 夢占師は重々しくうなずいた。


「その通りだ。これよりお前は、西へ向かわなければならない」

「……単騎でボロダンに奇襲でも?」

「そうではない。クドを出て、さらに西へ行くのだ」


 一瞬、何を言われたか分からなかった。


「クドの外って……何だそれ?」


 そんなものがあるのか? と、まず思った。

 何千年もの間、ただひたすらにクド高原に引きこもって、兄弟喧嘩にのみ血道をあげてきたミラの子たちにとって、高原の外などと急に言われても、そんなものは、実在すら疑わしい異世界に等しかった。


「馬鹿げた話だ」


 グスラルが、寝そべりながら言った。


「クドの外には、ミラの加護も届かないだろう。ミラの子が行くような場所ではない。ましてユウマは《炎の手》だぞ。最もミラの寵愛を受けるべき男が、なんでその加護の届かない僻地に行かねばならん」

「それが、ミラの意向だからだ」

「だから、それは一体なんだってんだよ」


「知らん。だが、これほど明確にミラの意向が伝えられたことは、これまでになかった。ミラにとってこれは重大事なのだ。それを担う者として、十三人の《炎の手》からユウマが選ばれたのだ。

 これは名誉なことだぞ。たとえそれで、我々が滅んでしまうのだとしても、喜ぶべきことだ。

 それに、案ずることはない。私たちが滅んでも、あとにはユウマが残る。トランの名が消えることはない」


 口調は淡々としているが、頬は赤く、夢占師はどこか興奮しているようだった。


「くそ馬鹿やろう、分かっとるわい」


 それで再び黙り込んでしまったグスラルに代わり、ユウマが言った。


「俺たちは、敗れるのか?」

「そうだ。それよりもっと大きなもののためにな」

「お前たちは、それでいいのか?」


 言いながら、自分はグスラルと同じことを言っていると思った。

 当然、返ってくる夢占師の答えも分かり切っていた。


「我々のことは、お前にはもはや関係ないことだ。お前は余計なことを気にせずに、己の成すべきことを成せばよい」


 ユウマは、その場の二人を見つめた。

 しかし夢占師はもちろん、文句をつけていたグスラルの心も、その実すでに定まっているのだった。


 二人だけではない。

 氏族の誰に聞いても、同じ答えが返ってくるのに決まっていた。


「本当に、終わりなんだな」

「そうだ」

「三百祭以上(約五千年)続けてきた戦いが、今、俺たちの負けで終わるんだな」

「その代わりに、お前は西の地へ行くのだ」

「お前たちを置いて?」

「そうだ」


 ユウマは身動きせず、目だけを閉じた。

 闇の中で、ここへ残していけなければならないもののことを考えた。それは、彼のこれまでの長い長い人生の全てだった。


 しかし、ユウマが目を閉じていたのは、ほんのわずかな間だった。


「俺は西の果ての地で、何をすればいいんだ?」


 夢占師は、満足げにうなずいた。


「クドを出て、さらに西へ行け。流れる巨大な水たまり、いくつも連続して隆起する大地、見渡す限りの毒だまり、そうした試練を越えていくと、土地の人間がイェルシェドと呼ぶ場所がある。外界の神を祭る土地だ」


 ユウマは頭の中に地図を描こうとしたが、うまくいかなかった。

 彼の中にある地形は平らな荒野のみであり、隆起する大地とか毒だまりとか言われても、それがどういうものなのか、見当もつかなかった。


「外界の神って、ミラやクドとは違うのか?」

「違う。その地に住む人を守る神だ。リンネという」

「そんなのがいるのか」

「別の人の集まりがあれば、そこには別の神がいるということだろう」

「どっちにしても、偽神のたぐいだな」

「我々にとっては、そうだ」

「つまり俺の役目は、そのリンネという偽神を殺して、そこに蓄えられた人間の魂を、丸ごとミラに捧げることかな?」


 夢占師は小さくため息をついた。


「ユウマ、お前の考えは少し物々しすぎる。お前の役目は、神殺しではない。イェルシェドで暮らすうち、お前はオーファという女に会うだろう」

「そいつを探し出して、殺すのか」


「違う。最後まで黙って聞け。

 西の地で、お前は流れに身を任せてただ生きるのだ。探してはならない。何もせずとも、お前はこの女に出会う運命にある。

 女に巡り合えば、お前はこれを守り、心を通わせて、ミラの子を生ませなければならない。生まれた子供は、ミラに万の力を捧げる偉大な戦士となるだろう」

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