ある少女と死神の日常
願い事、叶えます。
ただし死者に限る。
こんなフレーズを聞いたことはないだろうか。
『枯れ木に花を咲かせましょう』
むかしむかしのこと。
死んでしまった飼い犬を供養するため、心優しいお爺さんは亡骸を埋めて、そこに木の苗を植えた。
するとどうだろう、苗はみるみるうちに育ち、その木から作った臼を叩くと小判が出るではないか。
しかし臼は、妬みを買って壊されてしまう。
仕方なく臼を焼いてその灰を撒くと、枯れ木に花が咲いたという。
その灰を撒くときにお爺さんが放った言葉だ。そんな童話、今では知らない人や忘れてしまった人が多いかもしれないけど、私にとっては身近な話。
「五七! お客さんだよ!」
「はーい、ただいま」
アイヴィーに呼ばれた私は自慢の高級ベッドから起き上がり、大きく伸びをする。久々の仕事に気を重くしつつ、寝間着のままリビングへ向かった。
寝室を出るとすぐ、紅茶の香りが鼻をくすぐる。目覚めて間もない身体にはちょうどいい刺激だ。そんな香りに目を覚ましつつ、既に腰掛けて待っている客の向かいに腰を下ろした。
「お嬢ちゃん! お邪魔しとります!」
歳の割に張りのある声で、お爺さんが言う。耳が遠いせいだろうと思うけど、起き抜けの耳には痛い。童話のお爺さんはもっと穏やかなんだろうなと思いつつ、私は最低限の愛想笑いを浮かべた。
「いらっしゃい。もう少ししたらお茶の用意ができるはずだから」
「かたじけない。随分と喉が渇いていたもので」
いかにも壮健なご老人はそう言って深々と頭を下げる。オーバーアクションだなと思いつつ、良い人であろうことは察した。寝間着姿を見ても怪訝な顔をしたり、文句をつけてきたりしなかったし。
そんな彼は身を乗り出し、真剣な顔で切り出した。
「死人の願いを叶えてくださると聞いてやって来ましたが、ワシみたいな一文無しはどうすりゃいいんですかい?」
さすがに耳を塞ぐのは失礼だと思い、お爺さんが身を乗り出した分だけ私も椅子を傾けて距離を取る。効果はあんまり無い。
「遺品をもらえる? 別に大層な物でなくていいから」
念のため私も声を割り増しにした。朝からしんどいけど聞き返されるよりはいい。
幸いにも聞き返されることはなくて、
「遺品ですか。例えば、どんなものなら宜しいんで?」
と、次の質問が返ってきた。
「そうね。あなたにまつわるものなら何でも。身につけていたものとか、よく使っていた道具とか」
「ふむ、ワシは構いませんが……」
そこで言い淀んだ彼の表情に影が差す。困ったような悲しいような、微妙な表情。何を思い出したかは知らないけど、依頼内容に関わると見て間違いなさそうだ。
お爺さんが言葉を選べずにいる間に、ちらとキッチンの様子を見る。寝室を出る時には香りがしていたし、もうお茶が出てきていい頃だ。
しかし未だに、お茶が運ばれてくる気配は無い。
「アイヴィー! 紅茶まだなの!」
もたつくアイヴィーの背中に向けて声を張り上げると、その肩がビクッと震えて返事が来た。
「待って、いま行く!」
その直後、小さな悲鳴と何かが割れるような音が耳に届く。面倒と出費が増えた音だ。
もう気分最悪。朝からついてない。
「騒がしくして悪いわね」
お爺さんの方を向き直り、笑ってごまかす。テンションの下がった、私の気分を。
「いやあ、賑やかなのに越したことはありませんよ」
がははと彼は豪快に笑う。フォローされたところで割れた食器は戻らないけど、笑顔につられて気分は多少軽くなった。
まあ、後の事は依頼が済んだら始末をつけよう。
アイヴィーは給仕を優先したようで、すぐにティーセットを携えて顔を見せた。その判断だけは評価してもいい。
「うう……紅茶とお茶菓子です」
涙目のゴスロリ長身女は、慣れた手付きで給仕を済ませる。
その間お爺さんは、アイヴィーの服装をしげしげと眺めていた。物珍しい上にスタイルもいいから、そうしたくなる気持ちはよくわかる。
そんなお爺さんを横目に、私は給仕を済ませて隣に控えたアイヴィーに小声でぼやいた。
「何であんたが泣いてんのよ。お客さんの前でしょうが」
「だって五七に怒られる……うう」
私よりひと回りもふた回りも大きく、下手すれば平均的な成人男性よりも背の高い身体を持ちながら、アイヴィーは小心者だ。それがお客さんに見えてしまっては、多少なり信用問題となる。毎度こうでは困ったものだ。
食器のことも含めて、後できっちりお灸をすえてやらないと。
「こちらが、アイヴィーさんで?」
「え、ええそう。そういえば紹介がまだだったわね。こっちは死神のアイヴィー。私は坂上五七、ただの人間よ。依頼は全て私たち二人で請け負うわ。この子、泣き虫だけど仕事はちゃんとこなすから安心して」
背中を押してせっつくと、アイヴィーは涙も拭かずにおじいさんの方を向く。
「よろしくお願いします」
アイヴィーの一礼を呆然と眺め、数秒の間を開けてお爺さんが目を見開く。
「しっ、しし、死神ぃ!?」
椅子から転げ落ちんばかりにたじろぐ彼は、困惑の色を戦慄に変えていった。来客ごとに色んなリアクションが見られるから、この瞬間はいつ見ても面白い。
とはいえ、話を進めるにはご理解いただかないと。
「怖がることはないわ。命を取ったりはしないから。ね?」
微笑みながらアイヴィーの肩をぽんぽんと叩く。そんな私の視線を感じて、アイヴィーは何度も大袈裟に頷いた。
コミカルな死神の所作を見たからか、主従関係のようなものを見出したからか、ともあれお爺さんは肩の緊張を解いてくれたようで何よりである。
「それに、あなたはもう死んでるわけだし」
こうしてまた、私たちの新しい1日が始まった。