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 ⑤

 悠二はパチンコオメガの駐輪場に着くと、自転車の前カゴからシャツを取り出した。筋肉が衰えつつある彼には夏の店内は寒すぎる。一枚羽織って戦闘準備を整えると、慣れた様子で店内を見て回った。袖口にボイスレコーダーを隠し持って、遊技台の状況を大雑把に記録していった。


 金田が飲まれた遊技台は空席のままだ。釘の状況とデータ表示を記録して通りすぎた。

 こちらの店舗の勝負機も三台に絞ってきている。ひと通り見て回った後、第二候補だった遊技台が空いていたので、悠二は流れ着くように座った。

 さて、とシャツの袖を捲り上げる。後は独自のデータを信じて、元手が尽くまでひたすら粘るのみだ。隣の芝が青く見えてもけして浮気はしない。


 しばらく打ち続けていると、空調の風に乗って柔軟剤だか香水だかの香りが鼻先を掠めた。甘い香りだった。それは一瞬悠二に纏わりついて、消えた。

 つい気になって左を見ると、隣の男もチラチラと左隣を窺っていた。その男を避け仰け反ってまでして覗くと、二台隣で女性が打っていた。もっと向こうの席から香ってきた可能性もあるが、隣の男の様子から、香りの主はこの女性で間違いなさそうだと思った。

 その女性は全体的に小柄ながら胸だけが大きい。もちろん服を着ているので、なんらかのトリックが使われている可能性は否定できないが、男性客の興味をそそるのに充分すぎた。顎の線がツンとして整った横顔をしている。悠二はアルファとオメガの二店舗に限り、常連の顔を全て記憶しているが、そのどちらの店でも見たことのない女性だった。

 興味は尽きないが、それ以上の詮索はしない。もう悠二の財布から一万九千円が出ていっているので、それどころではなかった。


 三枚目の一万札が出て行こうとしたとき、ようやく悠二の台に初当たりがやってきた。投資金額が(かさ)んだ分、今から五連チャン以上しないと、プラス収支にならない状況だ。睨んでどうなるものでもないとわかっていても、自然と眉は寄るしハンドルを持つ手は力んだ。とにかくマイナス思考は避けて、連チャンを強く念じる。

 そんな願いは通じるもので、悠二の遊技台は玉を放出し続けた。もしかして、自分には念力が備わっているでは、と錯覚を起こすほどの勢いだった。

 先ほどからチラチラと覗いていた左側の席の男が、諦めたように頭を振って立ち去っていった。

 

 しかし、出玉は悠二の予測を大幅に超えてきた。そうなると今度は複雑な気持ちになる。気が弱いわけではない。余り目立つと、明日以降に影響が出る、と実しやかな噂があるからだ。パチンカーたる者、終われ、とまで願ってはならない。(その辺で止まっても別にええんやで)と、高位置から噴霧するように、優しく遊技台へ語りかけた。

 そこへ、さっきの香水がグッと香った。

 空席になった悠二の左へ、香水の女性が台移動して詰めてきた。椅子の後ろの一箱も自分で移動させている。


「途中、ハマりなしの連チャンでしょ。すごいですよねぇ」

 彼女は切れ長の目で、悠二と後ろに積み上げた箱を交互に見て言った。

「月に一回くらいは、こういうのがないとやってられませんしね」良く使う台詞だ。

 悠二は軽くいなすように言ったが、内心では、正面から見ても綺麗な顔立ちをした彼女に見惚れていた。

 ずっと見つめているわけにもいかないので、見える範囲内にある他の台の状況を見回しながら、時折、彼女に目をやるようにしていた。横顔からはもう少し若く見えたものだが、二十代ではなさそうだ。


 悠二の台は相変わらず好調だ。隣の彼女の台はというと、当たりは引くものの単発続きで、二、三箱を行ったり来たりしていた。遊戯台のハンドルへと伸びた白く細い右腕が、事ある毎に悠二の視界の端をかすめる。大した会話はない。お互いの台に一喜一憂して、時間は過ぎていった。


「今日はこれくらいで勘弁しといたるわ」

 出掛けに感じた嫌な予感はどこへやら……。悠二は二十四連でピタッと止まったのを引き際と判断して、立ち上がった。欲をかいて粘ることなく、満面の笑みで呼び出しボタンを押した。

「私の台も、ここらへんで止めといたほうが、ええんやろか?」

 隣の女性は独り言のように言ったが、視線は悠二を捉えている。

 多くの男性がそうであるように、悠二も美人には弱い。いい加減なアドバイスをして、毒心を抱かれたくなかった。

「こればっかりはわからへんやんねぇ。見た感じやと釘もええし、とりあえずは、よう回りますやん。単発続きみたいやけど、八十回転周期で引き戻してるみたいやし……。う~ん、俺やったら、そのパターンが崩れるまで覚悟を決める、って感じっすかね」

 それだけ言うと、悠二は片手を挙げて、店員の後を追った。


 景品交換所へ行って、そのまま帰るのがいつものパターンだったが、今日は買い物でもしようという気になった。とはいっても、とくに欲しい物が思い浮かばない。ピンクの自転車も乗ってみればさほど気にならなかったし、貰ったその日のうちにどうこうするわけにはいかない、と思った。


 時刻はまだ四時半。涼しい所で考えようと、悠二は店内に戻っていった。

 ペットボトルのお茶を買って(くつろ)いでいると、清がやってきて隣に音を立てて座った。


「清さんも、結局こっちに来てはったんすか」

 景品交換カウンターへ行く際に、チラッと見えたので気づいていたが、悠二は今初めて知ったように言った。

「今日はこっちで正解やな。朝の分を取り戻しつつあるわ。それより、見てたでぇカンちゃん。どうよ、今日の上りは」ニヤニヤとしている。

 なかなか目聡いこの人のことだ。回転数やらで、どうせすべてお見通しなのだろう。

「二万投資の、十一万バックですわ」正直に申告した。

「お~出たねぇ。ついでにもう一つ、どうや? さっきまでワシの横で打っとった奴が、ええ目、連発してんのに、止めてどっかへ行きよったんやわ。――ああ、カンちゃんは、こういうのに手ぇ出さへん人やったかいな?」

 清は悪戯っぽい視線を寄こしてきた。


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