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 ⑩


 ナースステーションで呼び止められた悠二は、入退院事務室へ案内されて、病院側の対応を告げられた。

 この病院に限ったことではないが、特記事項患者は個室での療養となっていて、芸能人や政治家といった患者と同じような扱いを受けることになるらしい。

 そのマスコミ対策は悠二も理解しているし、亜美も単純に喜ぶかもしれないが、なにぶん彼には金銭面で不安があった。パン屋の熊男に恥を忍んで相談するという手があるぞ、と思いついたり、安堂の家族に支払わせる……いや、大家さんの家族を見たことがないぞ、と長考に陥った。

 そんな事情が顔に出ていたのか、はたまた耳から漏れ出していたのか、事務の人から犯罪被害給付制度の利用を勧められ、悠二は訳のわからない手続きと、本革張りのソファに恐縮しきりだった。


 それが終わると覆面パトカーへ(いざな)われて、また仏頂面を崩さない刑事と三人に。今は朝の通勤ラッシュ時なので、むろん快適ドライブとはいかなかった。サイレンを鳴らしてぶっ飛ばしてほしかったが、そんな軽口をたたける雰囲気ではない。

 悠二は最初、一人で後部座席にいた。助手席の刑事が後ろへ移ってきたのは、歩行者に抜かれるほどの徐行を余儀なくされたときだ。それで悠二は、また同じ質問を重ねるつもりかと、うんざりとして顔を歪めた。


「現行犯逮捕ですし、凶器も病院で回収しました。ただ、安堂がなにも喋らないものですから、動機が不明のままなんですよ」

「それと、うちを調べたいっていうのとは関係があるんですか?」

「まぁそうですね。安堂宅を捜索している者から先ほど連絡がありましてですね。寝室に受信機が置いてあった、ということだったんですよ。だいぶ古い型の設置するタイプのやつだそうです」

「はあ」受信機と言われてもピンと来ない。「それで?」と先を促すしかない。

「盗聴器です」

 悠二は目を見開いた。

「安堂が何を聞いていたのか、今回のこととは関係がないのか、我々としては知りたいわけですよ。それを安堂にぶつけることで供述を引き出せる、と考えているわけです。今、周辺の路地を発見器で探らせていますが、おそらく、あのアパート限定で盗聴していたのではないか、と考えておるわけです」

「俺の部屋に盗聴器が?」

「その可能性があるという話です。六戸すべてに仕掛けられているかもしれませんし、そうでないかもしれません。住民すべてが出掛けている状況なので、静かすぎてハッキリしたことは言えないそうです」

 悠二は納得してうなずいた。

「それと……」

 刑事は言いかけて「まあ、もうすぐですし、向こうへ着いてからにしましょうか」

 悠二は重々しくうなずいてから前方を見据えた。


 アパート前の路地に入ってくると、ずいぶん手前から一方通行が封鎖されていた。

 普段から抜け道としてここを利用している通勤車は迂回させられていた。封鎖されているといっても、住宅密集地において、その効果は薄いようだ。表や隣の住民は二階の窓から乗り出さんばかりに覗いているし、中には双眼鏡を持ち出してきている者までいる。

 そんな中をこの車が敷地内へ入るために、門柱に張られていたロープは一旦取り外され、またすぐに掛けられた。五台分ある駐車場に住人の車は一台もなく、警察車両が占拠している状態だ。

 大家宅の玄関扉は二枚とも外されていて、そこからブルーシートでトンネルが作られている。警察車両の数といい、その仰々しい構えに悠二はたじろいだ。


「少し大袈裟やないですか?」

 車から降り立った悠二は思わず声にしていた。

 しかし、それに刑事は答えず、近寄ってきた鑑識係と思しき人と話し出した。遅れて運転席から降りてきた、もう一人の刑事も大家宅の中へ消え、悠二は駐車場でひとりぼっちにされてしまう。周りできびきびと動く者が皆警察というところに居心地の悪さを感じて、悠二は一○三号室へ逃げ帰るように階段を上った。


 今から刑事がこの部屋を調べる。

 盗聴。

 亜美の出勤に合わせるようにして出てきた安堂。

 もう確実に、この部屋のどこかに盗聴器が隠されている気がしてならない。

 悠二は電気ポットから湯を注いでコーヒーを淹れた。ハッとして、亜美の部屋を覗く。悠二が放った下着は片されていた。

 このことがニュースになっていないだろうか、とテレビを点けて、ザッピングしていった。

 ほっとして熱いコーヒーに口をつけたところに呼び鈴が鳴り、悠二は「あぁもぉ!」と後頭部をザリザリと逆撫でした。


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