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 ④

 悠二はホームホールとして、系列の違う二店舗に狙いを定めている。その二店舗のちょうど中間に位置する定食屋が、昼の行きつけだ。

 定食屋は昼飯時とあって、かなり混み合っていた。ワイシャツ姿の人たちが丼物に挑む姿を見て、悠二は食券を買わずに店を出た。


「おぅ、カンちゃん、まいど!」

 店を出た所で、パチンコホールで顔見知りのオヤジが手を振った。

 彼はだいたいいつも白いジャージ上下にサンダル履きだ。髪はオールバックに整髪されている。悠二ほど背は高くないが、胸板が分厚くて首も太い。常連客の間で〈(せい)さん〉と呼ばれていること以外は、金回りが良さそうな人だ、くらいしか知らない。


「まいど。昼メシっすか? 今、めっちゃ混んでますで」

「あぁやっぱりそうか。もうちょっと後にするか……。アルファは見慣れん若いのがぎょうさん来とるわ。台移動を繰り返して荒らしまくっとるし、ワシ、ちょっと逃げてきたんや」

 ゆったりと時間を潰したい派の清が大袈裟にため息をついて見せた。

「毎年この時期は、しばらくそういうのが続きますやんね。ほな、俺もちょっと様子を見てきますわ」

 悠二がピンクの自転車に跨ると、清が後ろの荷台に乗った。――暑苦しい。

「――かといって、ああいうのも寄りつかん店は、全然出ぇへんしのぉ」

 この清の馴れ馴れしさを許すのが、常連客の間では暗黙の了解になっている。

「まぁまぁ、客が多いって、ええことですやん」

 悠二は適当に調子を合わせて笑った。


 パチンコアルファの店内は、相変わらず良く冷えていた。

 悠二はデータノートを参考に、今日の候補台を三つに絞ってから来ている。今はそのすべての台に先客がいた。店内をうろついてだいたいの状況を把握すると、彼はドリンクコーナーへ戻った。缶コーヒーを片手にひと息つく。


「どうやった? アベックばっかりやろう。ほんまにどいつもこいつも何を考えとんねん。だいたいデートでパチンコ屋なんかに来るか?」

 清はカップのコーヒーを片手に毒づいた。

 羨ましいのは悠二も同じだったので同調した。それからしばらくパチンコ談議に興じた。


「狙ぅてた台は取られてたし、今日は向こうの店にしますわ」

 悠二は席を立って空き缶を捨てた。

「どこでも同じようなもんやと思うで」唇をへの字に曲げる。

 フフッと笑うと、清に片手を挙げて、店を出ていった。

 店内でしばらく涼んだだけに、アスファルトから立ち上る熱気がつらかった。悠二は顔を顰めて腹を擦る。元々一日二食という食生活だ。それに加えて、朝からの運動が響いていると思われる。家を出る前から空腹を感じていたのに、まだ食べ物にありついていない。行きつけの定食屋の輪郭が揺らいでいるかのように見える。それで少し定食屋が遠くなったように感じるのは、もちろん気のせいだ。


 再度入った定食屋は、昼時の喧騒から落ち着きを取り戻しつつあった。客の中には、知った顔がちらほらとあった。悠二は名前も知らない同志たちに、目で挨拶をした。悠二を知る者はチョイと手を挙げたり、笑みを返したりしてくる。そんな中、奥のほうから聞き覚えのある声がかかった。


「ウイッス! こっち空いてるでぇ」

 金田が片肘をテーブルに着いて、箸を振っていた。

 彼は駅近くの大きな交差点の角地でコンビニ店を営んでいる。ハゲタカを連想させる風貌を持っていて、この夏日の最中(さなか)でも、トレードマークのレザーパンツを履いていた。年齢は五十歳ちょうどだと聞いているが、その見た目で六十歳代にも見える。喜怒哀楽がハッキリとしているので、顔や仕草から今日の調子がわかりやすい男だった。誰にでも気さくに話しかけるのは、前職が八百屋だったからかもしれない、と誰かが言っていた。


「あぁまいど。もう、ひと勝負してきはったんすか?」

 豚の生姜焼き定食をトレイに載せて、金田の前に座った。

「アルファで朝一、ポンと出たんや。それで帰ったら良かったんやけど、こっちのオメガもちょっと覗いてみようと思ぅたんが間違いやった。はぁ、ぜ~んぶ吸われてしもたわ」

 大袈裟に横へコケて見せる。そしてゆるゆると顔を上げると、テーブルと並行するような姿勢で、ざるそばを勢いよく啜った。

 金田にうつむかれると、店の照明が彼の頭頂部に反射して眩しい。

「この短時間でハードな打ち方してますやん。右から左へ金を運んだだけっすか? 俺も今からオメガのほうに行きますねん。金やんの仇を取ってきますわ。――で、何番台ですのん?」

 悠二は、こうやって散財してくれる人がいるから、自分が生活できている、と感謝を込めて探りを入れた。


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