表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/67

 ⑮

 田代家の引っ越し作業は終わっている。

 重量物のレイアウトは、昨日の引っ越し業者がしていってくれたし、後の整理整頓は夏休み中の亜美が、一人で黙々とこなした。

 今朝、悠二は手伝う、と宣言して、早起きしてきていたが、女性二人の小物を掻き回すわけにもいかないので、何もすることがなかった。それで手持無沙汰になったので、仕方なく亜美の読書感想文の宿題をやった。


 夕方になって仕事から帰った雪子は、部屋の様子を見るなり亜美を大いに褒めた。

 亜美は「来年から中学生やもん。それぐらいできるわ」と、照れくさそうに横を向く。悠二も労ってもらおうとして、亜美に並んで立っていた。しかし、こちらは逆に怒られてしまった。


 その日の晩、亜美が床に入ったのを確認してから、雪子は二〇三号室を訪ねていた。

 フウッと熱い息と共に、雪子が風呂場から出てくる。冷蔵庫から缶ビールを取って、悠二の斜向かいに座った。先に飲んでいた悠二の頬に乾杯して、ひと口。ああっと漏らした。


「何か嫌な感じ……」

 唐突に、そうポツリと言ったきり、雪子はテレビを観ていた。

 悠二がおずおずと雪子に目をやった。

 仕事の愚痴を聞かされるくらいは構わない。てきとうに相槌を打って同調すればいい。しかし、調子に乗ってアドバイスしようものなら、無職のくせに! と言われそうな気がする。出会ってまだ二週間も経っていない。考えすぎか……。

 悠二はテレビを観ながら、受け流した。

 普段なら、悠二はいちいちそんなことを気にしない。暗くなってから出掛けたパチンコの結果と、先ほどの情事で雪子を満足させられなかったという負い目が、彼を虚弱にしていた。卓袱台の細かな傷までもが〈ボウハツゴフッキママナラズ〉という文字に見えてくる。暴発した理由については、惚れた女が自分を慕って越してきたという事実が、征服欲を刺激して、それで敏感肌になっていた可能性がある、と自己分析していた。

 雪子は座椅子を回転させて、悠二と向かい合った。


「ここの大家さんって、何か感じ悪ぅない?」

「あぁ、大家さんの話?」スンと洟をすすって、首を傾げた。

「うん。ご飯を食べに出掛ける前、亜美と一緒に挨拶しに行ったんやけど……」

「嫌味でも言われたんか?」そんな馬鹿な、と言いたげな顔で言った。

「そういうわけやないけど、う~ん。大家さんなぁ、ゴミカレンダーの注意とか、騒音問題の話とかを馬鹿丁寧に説明してくれはったわ。まぁ、顔はずっとニコニコしてはったんやけど……。何かなぁ。雰囲気かなぁ」

「何やの、それ?」

 悠二は鼻で笑った。

「えらい世話焼きのお婆ちゃんで、いろいろ細かいとこもあるし、雪さんと気ぃ合わへんのかもなぁ。要は慣れの問題やと思うで」

 雪子は考えこんで、小さく唸る。

「このアパートの横に、ちっこい畑があるやん。あれ、大家さんがやってはんねんけど。毎年今頃になったら、ナスと枝豆をくれはるわ。他にもいろいろと(もろ)てるけど。あ、言うてへんかった? ここって出入りが激しいねん。で、俺が一番の古株になってんのよ。何でも聞いてぇな」

 ふ~ん、と雪子は納得がいかない様子。

 少し考えを巡らすようにしてから「ま、ええか」と、雪子は膝を叩いた。「しばらくは面倒くさい変更手続きも残ってるし、明日も仕事やし、そろそろ戻って寝るわ」笑顔になって立ち上がった。

 玄関まで行くと振り返って「悠さん、二日連続の負けは許されへんのやで」と、悠二を指差した。

「ああ、おやすみ。今晩徹夜で対策を練るわ」

 悠二は雪子を送り出して、ドアの施錠をした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ