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 ⑬

 

 八月に入ると、雪子は三日に一度は、悠二の部屋を訪れるようになった。

 彼女は仕事が休みの日の前夜になると、ひとり娘の亜美が眠りについたことを確認してからやってくる。そしてそのまま泊まって、朝早くに帰っていくのだ。雪子がシングルマザーであることはすぐに知らされ、それで悠二は二人の未来を展望できるようになった。

 三人で出掛けるときは、当然、亜美に合わせた場所に限られる。それが煩わしいと悠二は感じていた。

 そんな悠二の心情が表情や態度に現れていたのかもしれない。雪子は二人きりでいるときに、娘の存在を匂わせないようにしているようだった。

 悠二もそれくらいは察している。だから、その状況で娘の教育上……なんて真面目な話をすることに、抵抗を感じていた。

 それでも恰好をつけたい、良く思われたい、という気持ちがしゃしゃり出てくるときはあるものだ。


「亜美ちゃんが孤独を愛する少女やったら、問題ないかもしれへんのやけど……。俺が母ちゃんを取り上げた奴とかって思われて、恨まれるんは気分の悪い話やん」

「ほな、連れて来てええの?」

(おう、どんと来い。まとめて面倒見たるわい)と言えないところに、悠二の甲斐性の無さが窺える。ウーンと喉を絞って、続く言葉がなかなか出てこない。

 雪子は悠二の顔を覗きこむと、彼の肢体を羽織るようにもたれた。


「あ~あ、夏休みなんてなかったらええのに。学校で面倒を見てくれるほうが助かるわ。――まぁ大概のことは一人でできるようになってるし、手のかからん子やけどね」話を放り出すように言う。

「それでも夜中に独りにしとくんは、やっぱヤバいやんねぇ。俺がそっちに行ったろか?」

 言った後で気づいた。これでは雪子たちのワンルームから、あの子の居場所まで奪ってしまう。「いや、そのほうがあかんな……」


 しばらく間があって、雪子は悠二の腕を掴み、腹の前でクロスさせた。

「なぁ、二〇一号室が空いてる感じやけど、ここって家賃はナンボなん?」

 悠二はナルホドと感心して、雪子の首元にキスをする。

 家賃は少しくらいなら手伝えること、大家は同じ敷地内の一軒家で暮らしているが、賃貸契約や更新時には、間に不動産屋が入ることなどを説明した。

 雪子はおもむろに悠二から離れて、煙草に火を点けた。ゆらゆらと昇っていく煙草の煙を挟んで、二人は微笑み合った。


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