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序章

 どうにも居場所がなくなって物干し場に出た。

 欄干に肘をついて体をあずけると臀部が吐き出し窓に触れる。目に映るのは、ご近所さんの家並み。

 そのうちの一軒の窓に、名前は知らないが挨拶を交わしたおぼえのある中年女性が見える。掃除機をかけているようす。

 タイミング悪く目が合って、覗いていたなどと誤解されては面白くないので、視線は顔ごと上空へ向く。遠くまでじつによく晴れ渡っている。――つまらないものだ。梅雨入り前の空に、想像を掻き立たせてくれるような形の雲はなかった。


 それならと視点は下へ、やや右方向へ流れ流れて、家庭菜園。敷地範囲を示す緑網の内側ぎりぎりに、その畑の一端が窺える。しかし、普段から注意して見ているわけではないので、あの色や状態が正常なのかわからない。


 そこから目の焦点をずっと手前に持ってくると、雨樋を伝い這い上がってきている蔓に気がついた。それは左巻きにこの二階まで達していた。その過程をずっと追っていきながら思う。管理の不行き届きをいいことに、なかなかずる賢いやつだと……。同時に嫌悪感も湧いた。それは自立できないことを言い訳にして、他のものへの迷惑も顧みず、自分だけが生き残ろうとしていることに対しての感情。


 そして、それは日光を求めて屋根まで行くのかと思いきや、途中からこちらの物干し場へ、方向転換を試みているようだった。ここまで登れば陽は充分と判断したのだろうか。風に煽られるまま、目を瞑って手探るように揺れていた。

 壁に張り付いて伝えばいいのにと思った。ただ、この植物はそういう種類ではないのかもしれない。


 何気に手を差し伸べてみる。その蔓の先端を引っ張った。

 欄干まではもう少しといったところで、長さが足りていない。登ってきた雨樋を二巻き分ほど戻れば、すでに届いていたものを……。やはり植物は馬鹿だ。ここまで登ってくるには、それなりのエネルギーと時間を費やしただろうが、そのこともひっくるめて、根元のほうでぶった切って、枯らしてやりたいと思った。

 ふと、笑みが零れる。

 自分はそんな奴だったか? ――ため息しか出なかった。この場で思い出に浸っていても、新しい発見があるわけはない。不安感と不快感だけが交互に明滅している。


 室内へ戻ろうと振り返ったところへ、引越し業者のチームリーダーが、丁寧に帽子を取って声をかけてきた。


「これで全部ですね。早速出発しますので、確認をお願いします」

 ペコッとうなずく。

 どうせこの部屋ともお別れだ。この植物がどこに纏綿(てんめん)して生きていこうが知ったことではない。


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