追われし者の明日
狭い道をひたすら走る。息は上がり、足がもつれそうになるが、そんなことを気にしている余裕はない。
「いたぞ! あっちだ!」
いくつもの足音が追いかけてくる。大きな音が反響し、いっそうの恐怖を煽る。だが止まってはいけない。足を止めるということはすなわち、任務の失敗、そして死を意味する。なんとしても生き延びねば。
一人の手が間近まで迫る。俺は足に力をかけ、振り向きざまに殴りかかった。相手の走る勢いが上乗せされ、強烈な一撃が顎に当たる。相手はよろめき、後続を巻き込んで倒れ込んだ。追っ手の速度が緩んだ隙に走り出す。
十字路が見えてくる。出口は直進だ。そう思ったところで目の前に壁が現れた。
「くせ者め、止まれ!」
大きな盾を持った人達が一列に立ち塞がったのだ。その後ろにもさらに何人かが控えている。どうあっても俺を通さないつもりのようだ。
「どけえっ!」
走る勢いのまま盾の一人に突進する。相手は後ろにふらついた。持っていた盾も斜めに傾く。俺はその盾に手をついた。逆立ちの要領で体を持ち上げ、一回転して向こう側に着地する。先にいた男達の鼻や顎を殴り飛ばす。掴みかかってくる腕を捉え、後ろに投げ倒した。人で追っ手の足を止め、さらに逃げる。もう少し、もう少し行けば仲間と合流できるはずだ。
扉が見えた。わずかに涼しい外気も感じる。とにかくここから出てしまえば、迎えに同行できる。これで今回の任務も終われるんだ。
それが油断だったのかもしれない。地につけた足が何かに引っかかった。体だけが前に放り出され、バランスを崩す。しまったと思った時にはもう遅かった。膝を、腹を、鋭い激痛が襲った。じんじんとしびれる身体を叱咤し、どうにか起き上がる。が、すぐにまた押さえ込まれた。何人もの体重にのしかかられる。後ろ手に縛られてしまえば、もはや抵抗もかなわない。足にも縄が巻かれ、みっともなく引きずられるしかなかった。
「おい、そいつが暗殺者か?」
不意に声がかかった。見れば、身なりのいい男性がこちらを興味ありげに見つめている。俺を引きずる男達は彼の存在に驚いているようだった。皆足を止め、強張ったように姿勢を正す。
「は。この者こそ陛下を手にかけた重罪人であります」
一人が答える。けれど男性はそんなことは気にもとめていないようだった。
「お前、強いな。たった一人でこの城の警備兵を何十人も倒しちまったもんなぁ。その腕で、オレ様を守ってみないか?」
彼の一言で、周りの男達が一気にざわつく。
「なりません、王子!」
「この者は陛下を殺めたのですぞ!」
男達は口々に抗議した。が、王子と呼ばれた男性はうるせえなと聞く耳を持たない。
「どうせ処刑するんだろ? だったらなくなる命、オレが預かるぜ。それに、お前だって雇われてるだけだろ?」
最後の言葉は俺に向けられた。確信があるとばかりに相手は笑っている。俺は頷き、言うとおり雇われて殺しを遂行しただけだと伝えた。
「決まりだな!」
そう言って、この城の王子は俺を縛る縄を切った。
「お前、今日からオレのボディーガードな。オレをしっかり護るんだぞ」
満面の笑みを浮かべ、彼は手をさしのべた。それが正しいことなのだと信じて疑っていない顔。
どうしてそこまでできるのか。王子と言うことは、俺が殺したのはこいつの親父であるはずなのに。血と残忍とで汚れた俺を、どうして認めることができるんだ。いつも誰かの死と隣にいた俺を、どうして――
気付けば、俺の目には涙があふれていた。ボロボロとこぼれる雫を拭わず、俺は差し出された手を握る。ああ、彼のおかげで俺は、失われていたはずの明日を見てしまう。進むしかないというのなら、せめて彼の望むとおり生きてみよう。俺は泣きながら、そんなことを決心した。
「#言葉リストからリクエストされた番号の言葉を使って小説を書く」というタグにて、矢部ケータさんから5番の「失敗」「涙」「明日」でした。
曲解しようと考えていた結果、こういうことになりました。
少しでも楽しんでいただけたら幸いです。