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この話はなかったことに  作者: 吉遊
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第五話「愛し合う二人に必要なのは口付けです」

 超展開にご注意ください。

 ……しかし、これでも最初に書いたプロット通りなんですよね(遠い目)。

 ここ、フェルディーン王国にも本格的な夏が近付いて来ており、王太子執務室の窓から差し込む日差しも日に日に強さを増していた。近々行われる夏至祭(ジュルネ・エテ)の準備で王宮中が活気づき、王太子の婚約発表という吉事があったこともあり、人々の顔には溢れんばかりの笑顔が浮かんでいる。

 そんな、誰もが楽しげに日々を過ごす中、ただ一人部屋に籠り陰鬱な溜め息を吐いている男が……。


「……はぁ」


 もちろん、ナメクジな嫁を娶ることになってしまったヴィルヘルムである。

 彼が“自腹を切るっ!”と叫び、レティシアの呪いを解くことのできる術者を探し始めてすでに半月が過ぎていた。


 レティシアの呪いは、魔法で解くことができるかもしれない―――――。


 その事実はヴィルヘルムに大いなる期待を抱かせた。

 何せ術者さえ見つかれば、あの姿(ナメクジ)のレティシアに口付けなくても良いのである。

 ヴィルヘルムは大陸全土に情報網を持つフォルシウス商会――名前から分かるように王家の人間が代表を務めている――を使い、それこそ“金に糸目を付けず”優秀な術者を探した。

 死に物狂いで探したのだ。


「……はぁああぁあぁぁ」


 しかし、この現実に絶望しきったかのような溜め息から分かる通り、状況は芳しくなかった。

 まだ探し始めて、たったの半月ではないかと思うかもしれないが……彼に残された時間はもう十日もないのである。


 期限は一か月。


 それが、ヴィルヘルムが術者を探すことを許された時間だった。



   ◇◇◇



 半月前。


「……貴方が自腹を切るとまで仰るのでしたら、私はもう何も言いません」


 ヴィルヘルムの決意に心を動かされた訳ではないはずだが、ノアはそう言って存外アッサリと許可を出した。

 きっと、彼は王太子が個人的に損をするのは構わないと思っているに違いない。首を差し出すのを躊躇わない程度の存在である幼馴染(あるじ)の懐具合などどうでも良いのだろう。


「……ノア!」

「ただし、条件があります」


 賛同を得られたと喜びの声を上げたヴィルヘルムを制し、ノアはニッコリと微笑んだ。……ミョーな迫力のある、見た者が薄ら寒くなるような笑顔だ。一体どんな条件を付ける気なのか、何だか恐ろしくなる。


「術者を探すのは構いませんが、期限を設けさせて頂きます」


 確かに、無期限とはいかないだろう。ただでさえ、国王や大臣達から“相手が見つかったのなら、さっさと結婚しろ”と頻りに催促されているのだ。国民への婚約発表までにはレティシアを人間の姿に戻す必要がある。

 ヴィルヘルムは分かっているというように神妙な顔で頷き、話の先を促した。


「期限は本日から一か月です」

「……っ、それはいくら何でも短過ぎるっ!!」


 ノアは抗議の声など聞こえないという態度で淡々と言葉を続ける。要するに無視だ。


「夏至祭には結婚発表の場を設けますので、それまでにお願いします。もし、術者が見つからなかった場合は潔くレティシア様に口付けしてくださいね」

「……………」

「まあ、精々頑張ってください。私も陰ながら応援させて頂きます」


 そう言った側近の応援する気皆無にしか感じられないイイ笑顔に、ヴィルヘルムはこの決定が覆らないことを理解した。……彼はなぜ、もっと幼馴染(そっきん)と良い関係を築いていなかったんだ。




「……あああぁぁああぁ」


 半月前のノアの言葉を思い出しながら、ヴィルヘルムは頭を抱えていた。


 ……くっ、時間が足りん。

 このままではナメクジと口付けすることに……っ。


 羽交い絞めにされ、強制的にナメクジを口に押し付けられている自分の姿が容易に想像できてしまう。きっと、ノアあたりが嬉々としてヴィルヘルムを押さえ付けに来るはずだ。


「……………」


 ヴィルヘルムは自分の想像に渋面を作り、グチグチと心の中で今更な文句をこぼす。


 第一、期間が一か月というのはおかしくないか?

 各方面に書簡を届けるだけで時間がなくなるだろうが。


 この時代、転移魔法こそあるが基本的な移動手段は馬か徒歩である。他国へ行くのに二~三か月掛かるのはザラで、レティシアを迎えにバシュラール公国へ行く際に転移魔法を使ったのは例外に近い。しかも、転移魔法の陣は固定されており、どこにでもある訳ではないのだ。国内を移動するだけで一月など簡単に過ぎてしまう。

 つまり、わずか一か月での術者探しなど最初から不可能だったのである。


「……………」


 ノアの愉快そうな顔が浮かび、握っていた万年筆がピシリと嫌な音を立てた。

 もちろん、ヴィルヘルムとて術者探しが難しいことなど分かっていた。ただ、少しでも可能性があるのならば賭けてみたかったのだ。……今のところ、敗色濃厚だが。


「やはり、いくら金を掛けても無理なのか……。くそっ、アノ国くらい魔法が発展していれば転移も楽にできるだろうに……ん?」


 自分で言った言葉にヴィルヘルムは目を見開く。


「……あああっ!!」


 ヴィルヘルムは“しまった、気付かなかった”というように立ち上がり、机の引き出しを猛然と漁り始めた。

 

「確か、ここに仕舞っていたはず……あっ」


 ゴソゴソと引き出しの中を引っ掻き回していると、ようやく目当て物を見つけたのか小さく声を上げる。

 ヴィルヘルムが引き出しから取り出したのは“水鏡”と呼ばれる魔法具だった。

 水鏡とは取り付けられている魔石の力を利用し、音声や映像を瞬時に遠方へと送れる通信機のような物である。ちなみに、この水鏡はとある魔法大国の発明品であり一般には出回っていない。というか、フェルディーン王国では音声のみの通信機ですら作ることができない。


「……………」


 水鏡を見つめ、ゴクリと唾を飲み込む。

 数年前に貰ったものだが、実際に使うのは初めてだ。何せ、持っている者が魔法大国の住人に限られてしまうため、ほとんど使う機会がない。水鏡をくれた友人にしても、積極的に連絡を取り合いたいような人物ではなかったので。

 しかし、今はその友人の力が――魔法大国の異常なまでに発達した技術が――必要だった。

 ヴィルヘルムは意を決したように水鏡に手をかざす。


 レティシアの呪いを解くことのできる術者を得るために―――――。



   ◇◇◇



 建国より一度として王家が変わることなく、千年の歴史を誇る魔法大国。他国からは“魔界”と恐れられるその国の名をハイディングスフェルト王国と言った。




「呼ばれて飛び出てパンパカパーン! ヴィルっちの心の友、アレクサンダーだよ☆」


 そんな、どこまでも陽気な言葉と共に現れたのはハイディングスフェルト王国の第三王子だった。

 “イェーイ”とVサインを作る姿はその童顔と相俟って少年のように見えるが、彼はれっきとした成人男性である。


「……早過ぎないか?」


 ノックすらなく、突然執務室へと乱入してきたアレクサンダーに、ヴィルヘルムは思わずそう呟いていた。……一体、どこから現れた。

 水鏡で事情を説明したのは昨日のことだ。

 ヴィルヘルムの手元には今から記入しようとしていた転移魔法の使用申請書があるので、アレクサンダーが魔法でこの国に来たとは考え難い。


 ……まさか、勝手に転移陣を使った訳ではないだろうな。


 ヴィルヘルムは、フツーならば国際問題になるようなことを平気でしそうな“ハチャメチャ”としか言いようのない友人を疑わしげに見つめる。


「へえ? ……ああっ!! 僕、二・三日前にこの国に来てたんだよ。もうすぐ夏至祭だから」


 一瞬“何のこと?”と言わんばかりに首を傾げたアレクサンダーは、ヴィルヘルムの視線の意味に気付いたのか、すぐに種明かしをした。

 どうやら、ヴィルヘルムが水鏡で連絡を取ったときにはすでにフェルディーン王国にいたらしい。


「お前……また、勝手に他人(ひと)の国の祭りにお忍びで参加するつもりだったのか」

「ええー。だって、フェルディーンの夏至祭楽しいんだもん!」


 王族とは思えないようなことを言うアレクサンダーに、思わず溜め息が漏れた。

 ちなみに、彼がこの国の夏至祭に参加するのはヴィルヘルムが知っているだけで五回目のはずだ。アレクサンダーには放浪癖があり、一年の半分近くは諸国を漫遊している。


「……それで、呪いを解ける術者を連れて来てくれたのか?」

 

 このままでは全く話が進まないことに気付いたヴィルヘルムは無理やり本題へと入った。

 数年ぶりに会った――しかも、自分で呼び出した――友人に対してずいぶんと冷たい対応だったが、アレクサンダーは気分を害した様子もなくニッコリと笑う。


「もちろん! きっと、婚約者ちゃんの呪いを解いてくれると思うよ」


 ノアとは違う、見る者も思わず釣られて笑ってしまうような笑顔だったが……なぜか、ヴィルヘルムは嫌な予感がした。しかし、すぐに“レティシアの呪いが解ける”という喜びが湧き上がってきたため、ただの気のせいだろうと、彼はその“嫌な予感”を気に留めることはなかった。


 もし、ここでもう少しだけよく考えていたならば、ヴィルヘルムの運命は変わっていたかもしれない。



   ◇◇◇



「では……よろしいですね?」


 そう問い掛けてきたのは、アレクサンダーが連れて来た“呪いを解ける術者”であるマーリンだった。術者と言ってもハイディングスフェルト王国の魔法使いではなく、このエテルニタ大陸全土で信仰されているエスカルラータ教の神官らしい。

 マーリンは整った顔立ちと老成したした雰囲気を持つ人物であり、ナメクジ姿なレティシアに対しても“このような可愛らしい姫君にお会いできて光栄です”と微笑んで見せた強者でもあった。……さすが、ナメクジと握手までしていたアレクサンダーの親友だ。類は友を呼ぶというのは本当だったのか。


「……ああ、レティを頼む」


 ヴィルヘルムはその顔を微かに強張らせ、神妙に頷いた。ある意味、当事者であるレティシアよりも緊張しているのかもしれない。


「分かりました。レティシア姫、行きましょうか」

「はい、よろしくお願いしますわ」

 

 マーリンの言葉に、レティシアは水槽の中からいつも通りのんびりした口調で答える。

 突然、ヴィルヘルムに“魔法で呪いを解く”と言われたときは驚いていた彼女だったが、特に不満はないらしく、アッサリと魔法での解呪に納得していた。


「大丈夫です。十分と掛かりませんよ」


 レティシアを気遣ったのか、マーリンはそう優しく声を掛けながら魔法を使うための部屋へと足を向ける。


「あっ……マーくん、ちょっと待って!」


 その二人の後ろ姿――正確にはマーリンの後ろ姿だけ――を静かに見送っていたアレクサンダーは、何か思い付いたように声を上げ、部屋に入ろうとしていたマーリンに駆け寄った。


「殿下、どうかしましたか?」

「あのね……」


 アレクサンダーはゴニョゴニョとマーリンに耳打ちをする。レティシアにも何か話し掛けいるようで、水槽の中を覗き込み頻りに頷いていた。


「……よろしくね、マーくん!!」


 最後にそう言葉を掛けると、アレクサンダーはニコニコと嬉しそうな顔でヴィルヘルムのところへ戻って来た。

 マーリンは小さく頭を下げると、レティシアの水槽を持って部屋の中へと入って行く。

 ヴィルヘルムはその部屋の扉を見つめながら、彼女の呪いが解けることを心の底から祈った。




 妻の出産を待つ夫よろしく、ヴィルヘルムは部屋の前の廊下でレティシアの解呪が成功するのを今か今かと待っていた。……彼の視線の強さで、ジッと見つめられている部屋の扉に穴が開きそうだ。

 十分も掛からないというマーリンの言葉を聞いていたのも関わらず、イライラと足踏みをしているその姿から彼がどれだけ呪いが解けるのを心待ちにしているのかが伝わってくる。


「そう言えば、さっきは何を話していたんだ?」


 ヴィルヘルムはフッと先程のことを思い出して忙しない足踏みを止めると、隣に並んだアレクサンダーに訝しげに問い掛けた。


「んー? ただ、頑張ってねって言っただけー」


 “何でもないよ~”とヘラっと笑った友人の様子に引っ掛かりを覚えないでもなかったが、今のヴィルヘルムにとっては些細なことでしかなかったため、どうでも良いかと再び扉を見つめる。

 まだ、マーリン達が部屋に入ってから五分も経っていない。


「……漸く、私のレティシアを手に入れることができるのだな」


 しかし、すでに脳内で人間のレティシアと感動の再会を果たしたのか、ヴィルヘルムはだらしなく口元を緩めた。……一体どんな妄想をしているんだ。折角の長所(びけい)が台無しだ。


「ヴィルっちはレティちゃんのこと愛してるの?」


 そんなヴィルヘルムの思考を読んだ訳ではないだろうが、アレクサンダーが世間話のようにそう話し掛けてきた。


「当然だろう。レティは私の天使だ!」

「じゃあ大丈夫だね☆」

「…………何がだ?」

「愛し合ってる二人なら、この先どんなことが起きても問題ないよねってこと~」


 その言葉に、忘れていた嫌な予感がヒシヒシと湧き上がってくる。

 アレクサンダーを問い詰めようとヴィルヘルムが口を開いたとき、まるで図ったかのようなタイミングで目の前の部屋から彼の婚約者が出て来た。


「……っ!!!」


 ヴィルヘルムの目に映っているのは、ナメクジではない、人間の姿をしたレティシアだった。


 レティが人の姿に!!

 ああ、愛している! 私の天使!!


 彼女はヴィルヘルムを見ると、一瞬だけキョトンとした顔をしてから恥ずかしそうにはにかんだ。微かに赤らめた頬が途轍もなく可愛らしい。


「……ヴィル様」

「ああ……レティ、私のレティシア」

「お傍に行っても構いませんか?」

「…………っ!!」

 

 その可愛らし過ぎる言葉に、ヴィルヘルムは胸を撃ち抜かれたかのような衝撃を受けた。


 なんて愛らしいんだ、レティ!!


 今すぐにでも駆け寄ってレティシアを抱きしめてしまいたかったが、照れたように視線を逸らす彼女を怖がらせないために、ヴィルヘルムは理性を総動員してその場に止まり、優しい笑顔を作る。

 その笑顔に安心したのか、レティシアはゆっくりと彼のところに近付いて来た。


「ヴィル様……」

「……ああ。レティ……愛している」


 そう囁きながら、レティシアの小さな唇へと口付け……ようとした。


 ヌルリ。


 ありえない感触がレティシアの頬へと添えている手から伝わってくる。

 一体何が起きたのかと、頻りに瞬きを繰り返すヴィルヘルムの視界が突然白く光った。眩しさのあまり思わず目を閉じる。

 訳の分からないまま再び目を開けたヴィルヘルムの前には―――――ナメクジがいた。


「…………は?」


 呆けた顔をするヴィルヘルムに、ソレはニュルりと身体を伸ばし“隙あり”というかのように彼の口へと体当たりする。 


 ……ヌチュ。

 

 ヴィルヘルムの唇と、ナメクジの触角の間にある口が触れた。

 生理的嫌悪感を掻き立てるヌメッとしたその感触と、いつか見た彼女(ナメクジ)の鑢のような歯が並んだ口を思い出し、ヴィルヘルムの意識は遠退いて行く。


「やっぱり“呪い”を解くのは王子様の口付けだよね~」


 視界の端で“ヒュー、ヒュー”と囃し立てるアレクサンダーの姿が見えた気がした。




 ―――――夢なら早く覚めてくれっ!!!





☆後書きマメち!~知って損するナメクジ豆知識~☆


 この“マメち!”も四回目ですね。皆さん、毎回ちゃんと読んでますか?

 

 さあ、今回はナメクジの性別(?)についてです!

 ええっと、ナメクジは雌雄同体で、卵子と精子を両方持っています。生殖孔はほとんどが右側頭部にあり、精子を渡すと同時に、相手の精子を受け取り受精させるそうです。もちろん、雌雄同体なので自家受精することも有り得えます。

 作者は“ナメクジって分裂して仲間増やすんじゃね?”と思っていましたが、実際は卵生らしく、湿気のある落ち葉の下などに複数個の卵を頭部から出して産み付けるのだとか。卵は透明の球形に近い形をしているそうです。 ちなみに、一度に生む数は一定ではなく、数個から二十個くらいをまとめて、あるいはバラバラ産み付けるらしいです。

 産卵時期も不定期で何回かに分けて分散して生みますが、秋頃の産卵が一番多く、生涯を通して二百~三百個ほど生みます。産卵時期がバラバラなので、当然孵化時期も定まっていないのですが四月頃の孵化が一番多いそうです。



 相変わらず、“マメち!”が長くなってしまいましたが、ここで重大発表です!!

 な ん と

 作者の“マメち!”の知識が尽きました。 ←心底どうでも良い。


 最後に、作者が言いたいことは“バナナスラッグ”でググってくださいということだけです。何だか、新しい世界が開けると思いますよ?



 あっ、あと拍手も一緒に更新してます。

 ボタンの言葉も新しくしましたよ!


 感想もコメントもガンガン送ってくださいね☆


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