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この話はなかったことに  作者: 吉遊
2/6

第二話「愛に試練は付き物です」

 更新が遅くなってスミマセン。でも、これからも不定期更新。


*ナメクジ嫌いの方はご注意ください。


 室内は、嫌な沈黙に包まれていた。

 公女の姿が余程衝撃的だったのだろう、ヴィルヘルムは先程から固まったまま身動ぎすらしない。


「……………」


 ノアは時間が止まってしまったかのような自らの主を横目で窺う。ヴィルヘルムの顔が蒼褪めて見えるのは、彼の見間違いではあるまい。……まあ、気持ちは分かるが。

 あれ程“天使”と崇めていた愛しい女性が口に出すのもおぞましい姿で現れたのだ。親である大公が言葉を濁すのも仕方がない。コレに口付けるとか、罰ゲームを通り越してもはや拷問ではなかろうか。


 しかし、一体どうしたら……。


 ヴィルヘルムの心情が理解できてしまうだけに、さすがのノアも迂闊なことが言えなかった。……まさか、ショック死したりはしていないだろうな。

 そんな室内のどうしようもない沈黙を破ったのは、鈴を転がすような可愛らしい声だった。


「まあ、なんて素敵な王子様なの!」


 この部屋にいるのは、ヴィルヘルム達と公女の水槽を持って来た侍女だけだ。しかし、彼女が口を開いた様子はない。

 ノアはとてつもなく嫌な予感がしたため、ソレの方を決して見ないように心掛けた。ヴィルヘルムに至ってはフリーズ状態のままだ。


「まさに理想の王子様だわ!!」 


 ノアの抵抗も空しく、ソレは再び口を開いた。

 

「…………レティシア様」


 嗜めるように侍女がソレに声を掛ける。

 その視線は水槽の中へと向けられていた。



 そう、先程から声を発していたのは―――――ナメクジな公女だった。



   ◇◇◇



「あら、ごめんなさい。わたくしったら、挨拶もせずに」


 侍女の声に我に返ったのか、公女は慌てた様子で固まるヴィルヘルム達に謝罪する。……謝罪はいいから、その身をよじる仕草を止めて欲しい。照れているのか何なのか知らないが、かなり気持ち悪い。何せ、今の公女の姿はナメクジなのだ。照れるナメクジ……魔物か何かだろうか。


「お初にお目にかかります、ヴィルヘルム殿下。バシュラール公国第七公女レティシアと申します」


 改まった声音で、公女は頭を下げた。まあ実際は、持ち上げていた身体の上部――首にあたる部分だろうか?――をペコリと動かしただけだったが。

 こちらの返事を待っているのか、公女は頭をもたげたままの姿勢でヴィルヘルムを見つめる。 


「……………」

「……………」


 無言。

 ヴィルヘルムは本当にショック死してしまったのかもしれない。

 ノアは本気で心配になり、ヴィルヘルムの腕に触れ小さく呼びかける。


「……ヴィルヘルム様、大丈夫ですか?」

「…………ああ」


 漸く魂が(うつつ)に戻って来たらしい。

 ヴィルヘルムは蒼褪めた顔のまま微かに頷いた。


「……レティシア姫」

「はい」


 確認するように公女の名前を呼ぶと、目の前のナメクジが大きく動いた。……頷いたのだろう、たぶん。

 やはりこのナメクジは公女本人で間違いないのようだ。いや、自己紹介していたが。できれば聞き間違いか、白昼夢であって欲しかった。切実に。

 

「……こちらこそ、挨拶が遅れてすまなかった。私はフェルディーン王国の王太子ヴィルヘルム・フォルシウスだ」


 内心の動揺を押し隠し、ヴィルヘルムは漸く公女へと挨拶を返す。身体は彼女の方を向いていたが、その目は決して公女の姿を映さないよう逸らされていた。


「ふふっ。いきなり“婚約者が会いに来る”などと言われ驚いていたのですが、殿下のような素敵な方だったなんて……嬉しいですわ。ヴィルヘルム様とお呼びしても?」


 公女は可愛らしく首を傾げ……たような仕草をする。何度も言うが、ナメクジだ。こちらに伝わってくるのは気持ち悪さだけである。

 しかし、ヴィルヘルムは公女の姿を見ないようにしていたためその可愛らしい声だけを聞き、思わず満面の笑みで了承の返事をしていた。公女は声まで彼の好みだ。


「ああ! ぜひ“ヴィル”と呼んでく、れ……」


 まあ、その勢いでうっかり公女を見てしまい、言葉の終わりの方は小さく掠れてしまっていたが。


「よろしいのですか!? では、わたくしのことも“レティ”と呼んでください、ヴィル様。

 ……きゃあっ、何だか恋人同士のようですわね!」

「……………」


 公女の姿を直視してしまった所為で再び蒼褪めたヴィルヘルムには気付かず、彼女は嬉しそうな声を上げる。その喜びを表現するかのように身体もヌメヌメと蠢いていた。……フツーに気持ち悪い。


「……と、ところで、そこの侍女が先程“姫が変えられたのは虫ではない”と言っていたのだが……」 


 ヴィルヘルムは言葉を選びつつそう尋ねる。

 さすがに、うら若き乙女に直接“ナメクジですよね?”と聞く程鬼畜ではない。どう見ても、彼女の姿はナメクジだったが。

 そんなヴィルヘルムの気遣いも知らずに、公女はビミョーにズレた答えを返す。


「あら、ご存じありませんの? ナメクジは貝類なんですよ」

「貝の部分はどこだ」

「退化してしまったみたいですわ」

「ならもう虫で良いだろうがっ!」


 “ふざけるなっ!!”と怒鳴ってしまった。


 何なんだ、この姫は。

 見た目の衝撃が凄過ぎて気付かなかったが、中身もかなり変わっているんじゃないだろうか。


 ここにきて、ヴィルヘルムは漸く公女の中身について考え始めた。……遅過ぎるくらいだ。さすが、容姿重視の変態(ロリコン)は違う。

  

「……まあ。大きな声を出されるので驚きましたわ」


 公女は大して驚いた様子もなくそう言った。

 人の姿であれば、目をぱちぱち瞬かせていたかもしれない。実際はナメクジであるため、どんな表情をしているのかすら分からなかったが。

 彼女が本来の姿であったのなら、さぞ可愛らしい仕草であったのだろうと想像がつくだけにとても残念だ。


「…………すまない。その、ナメクジについて詳しくないもので……」

「いいえ、気にしておりませんわ」


 “それは、ナメクジへと変えられたことについてか?”と問い返したくなる程、この公女からは呪われた悲嘆のようなものが感じられない。

 何となく、ヴィルヘルムの頭の中に悲しみに暮れる公女の姿――もちろん人のときのだ――が浮かぶ。自分の身に降りかかった悲劇を受け入れられず、しかし、周りの者に心配を掛けまいと健気にも明るく振る舞う公女の姿が。 


 うっ、なんと健気な。

 さすが私の天使! その心根まで清らかとは……。


 自分の想像に身悶えるヴィルヘルム。

 どうやら“中身が変かもしれない”と疑ったことはキレイさっぱり忘れてしまったようだ。

 涙が滲んできそうな目に手をやった彼に、公女が心配そうに声を掛けてくる。


「……? どうされましたの、ヴィル様?」

「いいや、何でもない。大丈夫だ、レティ」


 ヴィルヘルムは目頭を押さえつつ、優しく答えた。……公女の姿が目に映っていないゆえだろう。


「……愛称で呼び合うなんて、本当に恋人同士みたいですわ」


 公女はそう言うと、“きゃっ、恥ずかしい!”と身をくねらせる。

 そのあまりに可愛らしい声に思わず公女の方を見てしまったヴィルヘルムは、またしても顔色を悪くさせた。……学習しない男だ。


「殿下のような素敵な殿方に呪いを解いて頂けるなんて……。わたくし、とっても幸せですわ。

 さあ、少々お見苦しい姿とは思いますが」


 やはりヴィルヘルムの様子には気付かず、公女はスッと身体を持ち上げる。この雰囲気からして、目を瞑り、唇を差し出しているつもりなのだろう。要するに、口付けプリーズの姿勢だった。

 しかし、ナメクジの姿が“少々見苦しい”程度なのか甚だ疑問だ。見苦しいというより気持ち悪い。


「……………」


 ジッと口付けを待っているらしい公女を前に、ヴィルヘルムは滝のような汗を流していた。……もちろん冷や汗だ。

 さすがに、この状況になってまで公女から視線を逸らし続ける訳のはいかない。

 ヴィルヘルムは意を決して、彼女の姿を正面から見つめた。


 ……………。

 デカい。いや、デカ過ぎる。


 彼の知っている“ナメクジ”は精々大きくとも5㎝程度だ。しかし、目の前で謎のポーズをとるソレは、明らかに15㎝以上ある。……悪魔か何かだろうか。

 大きな体がヌメヌメと光っている。その体液は何だ。一体なんの汁なんだ。


「……………」


 ゴクリと唾を飲みこんだのは、果たして誰だったのか。

 室内には異様な緊張感が漂っていた。

 

「…………っ」


 無理だ。

 そう、ヴィルヘルムが口に出そうとしたとき。


「愛し合う2人に試練は付き物ですわ! さあ、ヴィル様!!」


 公女が空気を読まずに言い放った。

 ……この場合、試練を受けるのはヴィルヘルム一人だ。

 確かに、これは“試練”だろう。

 なぜなら、彼は見てしまった。公女(ナメクジ)の触覚の間に蠢く、口らしき穴を。

 

「…………っ、できるかっ!!」



   ◇◇◇



 思わず怒鳴ったヴィルヘルムに、公女は“殿下は恥ずかしがり屋さんなんですね”と言って身体をよじった。たぶん、人の姿であれば頬を褒めていたのだろうと思わせる仕草だったが、正直、今の姿では気持ち悪さしか伝わってこない。

 

「……無理だ」


 公女の姿を思い出しながら、ヴィルヘルムは端的にそう言った。

 ちなみに、現在は彼の乱心を防ぐという目的のため公女の部屋から避難――まさしく避難である――していた。

 死んだ魚のような目をする主に、ノアは励ましの言葉を掛ける。


「西の国には、腐乱死体に口付けた王子もいたそうですから……。

 それに、どんな姿でも公女様は公女様です。頑張ってください。貴方の“理想の天使”なのでしょう」

「お前……他人事だと思って」


 無責任なことを言う側近をヴィルヘルムは濁った瞳で睨んだ。……あれ程のショックを受け、これから先彼の瞳に光が戻ることはあるのだろうか。 


「…………なあ」

「何ですか?」

「……この婚約話、なかったことにできないか?」

「無理ですね」

「……………」


 即答されてしまった。

 確かに、王族同士の婚約だ。“あっ、やっぱり止めます”などと軽々しくなかったことにはできないのは分かる。しかし、相手は呪われた姫なのだ。ナメクジに変えられた婚約者などヴィルヘルムでなくともお断りさせて頂きたい。


「…………なぜだ」

「なぜも何も……。貴方が自分でおっしゃったんでしょうが。

 “姫のことを愛してしまっているから、呪われた身であっても構わない”と」

「……………」

「しかも、“協力は惜しまない。口付けは自分にさせて欲しい”とまで言ってましたよ」

「……………」


 完全に自業自得であった。

 むしろ、ここまで言っておいて今さら“ナメクジとか無理”などと口に出そうものなら、バシュラール公国との間に不和が生じることになる。

 やや武力に自信のないフェルディーン王国としては、武人の国とまで呼ばれるバシュラール公国と縁を切りたくはない。というか、隣国なので関係が悪くなると物凄く拙い。フェルディーン人は商才はあるが、腕力はないのだ。ついでに、金にならないことは絶対にしない。


「まあ、ヴィルヘルム様が蒔いた種ですから。ここは潔く、公女様に口付けなさってください」

「…………ナメクジだぞ?」

「フッ、自業自得ですよ」

 

 そう言って、ノアは暗い笑みを浮かべる。……何か、ヴィルヘルムに含むところがあるのかもしれない。いや、幼馴染なら恨みの一つや二つあって当然だが。

 

「……この陰険が」


 八つ当たりに近いヴィルヘルムの物言いにも、ノアは余裕の表情を崩さない。完全に他人事だと思っているのだろう。まあ、口付けという“愛の試練”に挑むのはヴィルヘルムである。当事者でなければ、こんな反応でも仕方ない。


「良いじゃないですか、別に口付けくらい。見た目はアレでも、一応本当の姿は“天使”なんですから」

「無理だ。アレが自分の口に付くと思うだけで耐えられん」


 国際問題になりそうな発言だ。


「……他では言わないでくださいよ。この国と事を構えるような無益なこと、したくありませんから」

「当たり前だ。……もしそんなことになったら、父上達はさっさと私の首を差し出すぞ」

「貴方の首で済むなら安いですからね」

「…………あぁああぁ」


 自分の未来に絶望したのか、ヴィルヘルムは頭を抱えて呻き始めた。

 死ぬか、ナメクジと口付けるかという究極の二択。果たしてどちらがマシなのか。




『コンコン』


 そんなヴィルヘルムの呻きを止めたのは、軽やかなノックの音だった。


「どうぞ」


 ヴィルヘルムが何とか体裁を整えたのを確認して、ノアは入室許可を出す。

 “失礼します”と頭を下げて入って来たのは、バシュラール人らしい体格の良い男だった。服装からして騎士だろう。強面の所為か、見つめられているだけなのにビミョーに威圧感を感じる。


「大公より親書を預かって参りました」


 嫌な予感しかしない。

 しかし、ここで騎士を追い返す訳にもいかないため、ヴィルヘルムは渋々その親書を受け取った。


「……………」


 親書を読み進めるにつれ険しい顔になっていく主を見ながら、ノアは親書を持って来た騎士を退出させる。……この顔を見るに、碌なことが書かれていなかったのは明白だ。相談タイムは必要だろう。


「…………あぁああぁぁ」


 騎士が部屋を出て行った瞬間に、ヴィルヘルムは目の前のテーブルに突っ伏した。

 呻き声と一緒に魂も抜けて行ってしまいそうだ。


「……なんて書いてあったんですか?」

「…………呪いを解くのは、会ったばかりでは難しいだろうから、姫をうちの国に連れて帰って構わないそうだ……」

「……………」


 ここにきて、二人は漸く悟った。

 どうやら自分達は、これ幸いと厄介事を押しつけられたらしい。


「……くっ、バシュラール公め! 殊勝なことを言っておきながらっ」


 ヴィルヘルムの頭の中に、人の良さそうなバシュラール大公の顔が浮かぶ。


 あの狸ジジイめ。

 何が“今のままではそなたの妻となることはできない”だ。思いっきり押し付けてきやがって。

 まさか、最初からこうするつもりだったんじゃないだろうな……。


 心の中で罵りの言葉を吐くが、そんなことでこの現実が変わる訳もなく。


「……諦めて、連れて帰るしかないですね。

 まあ、式のときに“誓いの口付け”をすれば人間に戻るんでしょうし」


 こうして、ヴィルヘルムはナメクジの花嫁(予定)を連れて帰ることとなったのだった。




 ―――――あんなモノに口付けなど、死んでもしないっ!





☆後書きマメち!~知って損するナメクジ豆知識~☆


 ナメクジとは陸に生息する巻貝のうち、殻が退化しているものの総称です。ちなみに、カタツムリも同じ軟体動物(貝類)ですが、カタツムリの殻を取ってもナメクジにはならず、カタツムリはフツーに死にます。

 ナメクジは雌雄同体で、成虫の平均体長は約5㎝~6㎝です。体は細長く触角があり、その体表は粘液に覆われています。これがヌメヌメの正体です。触角は2対あり、外側の長い方の先端に目がついているらしいです。でも、目の細胞は単純なので、明るさの判別くらいしか出来ないとされてるとか。

 さらに、計4つの触角には、鼻に該当する器官がそれぞれについているそうです。

 驚くことに目も鼻もあるんですよ、アイツら。

 しかも、口もあるんです。触角の間に口があって、ヤスリの様な歯が並んでます。ヤスリみたいな歯の構造から、ナメクジは食べ物を噛むことが出来ず、削り取っていると思われてるようです。恐ろしいですね。


 と、まあ今回はこのくらいにしておきましょう。

 あんまり書いても気持ち悪さが大きくなるだけだし。


 あっ、この“後書きマメち!”の内容はテキトーに調べただけなので正確じゃないかもしれません。本編のヒロインの生態とも一切関係ありませんよ!

 “じゃあ、何で書いた”とか言われそうですけど、ただの嫌がらせです。←オイ

 だって、調べるときメチャクチャ気持ち悪かったんだもん。だから、読者の皆さんにもお裾分けしようと思ってwww



 まだまだ“ナメクジなんて気持ち悪いんだよ!”って言う苦情は受け付けてますよ!!



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