第一話「愛があっても無理です」
ヒロインの姿は、ほんっとうに気持ち悪いと思います。
“安全のために先に知っておきたい”という方は、あとがきをご覧ください。
呪いで醜い化け物へと変えられてしまったお姫様は、愛しい王子様の口付けで元の姿に戻ることができました。
めでたし、めでたし。
……って、そんなことできるかっ!!
◇◇◇
商人の国と言われる、ここ、フェルディーン王国のとある王太子執務室。
その部屋の中では、もう恒例となってしまったやり取りが今日も変わらず繰り広げられていた。
「ヴィルヘルム様、早く結婚してください」
側近のその言葉に、フェルディーン王国の第一王子にして王太子でもあるヴィルヘルム・フォルシウスは嫌そうに顔を歪めてみせた。
しかし、幼馴染でもある側近――ノア・ファルクは彼の様子を気にすることなく話を続ける。
「もう貴方も25歳です。結婚が無理でも、いい加減婚約者の一人くらいは見つけてください」
そう、ヴィルヘルムはこの国の王太子でありながら妻どころか婚約者すらいなかった。
まだまだ王位に就かないとはいえ、25にもなった王太子が独り身では外聞が悪い。そのため、フェルディーン王国では王太子の婚活が盛んに行われている。
ヴィルヘルム自身の能力も高く、容姿が優れていることもあり、見合い話はそれこそ降るようにあった。
あったのだが……。
「嫌だ」
実際はヴィルヘルムのこの頑なな態度のおかげで、全くと言って良い程婚活は進んではいなかった。
ちなみに、このやり取りも数十回目だ。
「結婚し、子を生すことは王族の義務です」
「……別に結婚そのものが嫌な訳ではない」
「では、何が嫌だと言うのです」
「……………」
質問に答えたくないのか、ヴィルヘルムはあからさまに顔を背けた。
25歳の男にしてはやることが幼い。
……一人っ子として甘やかされた所為だろうか。
「……ヴィルヘルム様」
ノアの声がワントーン下がった。
これは怒っている時の兆候だ。このまま無視し続ければ、この後のヴィルヘルムの仕事量は3倍に増やされてしまうことだろう。
ヴィルヘルムは机の上に山のように積まれている見合い写真を脇に退けながら、渋々と口を開いた。
「……私は、こういう女は好みではない」
「美女揃いのように思いますが」
王太子の見合い相手は、どれもナイスバディな美女ばかりだ。
まさに、男なら“震い付きたくなる”ような女性が集められている。
「……っ、美女!? ……ああ、確かにどれも美しい女ばかりだな。
だが私は、こんな胸も尻も出張った女は好きではない!!」
どうやら、ヴィルヘルムの好みではなかったようだ。
ひょっとしたら、スレンダーな女性が好みだったのかもしれない。
「大体、何だこの年齢はっ!!」
話していて興奮したのか、ヴィルヘルムは机を叩きながら抗議の声を上げる。
「ヴィルヘルム様に合わせて、皆様18~20代中頃の方が多いですね。それが何か?」
「私のストライクゾーンは11~14歳だっ!!」
「……………」
執務室内が沈黙で包まれた。
何公然と問題発言を噛ましているんだ、この王太子は。
「…………このロリコンが」
痛い程の静寂を破ったのは、ノアの罵るような呟きであった。
ヴィルヘルムのカミングアウトは、幼馴染の彼にとってもかなりの衝撃だったのだろう。
「ロリコンではない。確かに、今11歳の少女を妻にもらえば問題だろうが、私が30になった時にはその子は16歳だ」
“だから問題ない”とばかりに胸を張るヴィルヘルム。
「十分ロリコンです」
ノアは幼馴染の変態っぷりに白い目を向けている。
その視線には“この変態がっ”という彼の思いが詰まっていた。
しかし、ヴィルヘルムはそんなノアの様子に気づくことなく自己弁護を続ける。
「そんなことはない。このくらいの年の差の夫婦など世の中には腐る程いる」
「腐る程はいないと思いますが。そもそも、11歳から目をつけている時点でロリコンです」
まさに、その通り。
ストライクゾーンに11歳が入っているあたり、ヴィルヘルムは立派な変態だ。
……自覚がないとか、もう救えないレベルなのかもしれない。
そして、この国の王太子であるはずの男は城に響き渡るような大声でどこまでもダメなセリフを叫んだ。
「私は、あどけなさを残した未発達な感じの少女が好きなんだ。結婚させたければ、私好みの美少女を連れて来いっ!!」
こんなのが次期国王とか……この国はもう終わったかもしれない。
◇◇◇
ヴィルヘルムの変態発言から数日。
王太子執務室には以前と変わらず、多くの見合い写真が届いていた。
……ただし、彼の性癖を知らない他国から。
「……見つけた……」
ガタンと音を立てて、突然椅子から立ち上がったヴィルヘルムにノア訝しげに声を掛ける。
「……どうかしましたか?」
しかし、ヴィルヘルムはノアの問いかけにも答えず、手元の見合い写真を凝視しながら叫んだ。
「……見つけた。間違いない、この子が“私の天使”だっ!」
ヴィルヘルムが見ていたのは、隣国であるバシュラール公国から送られてきた見合い写真であった。
「見ろ、ノア。この天使の美しさを!
まるで蜂蜜を溶かし込んだかのような金髪! 透き通るようなエメラルドグリーンの瞳! 雪花石膏のような滑らかな肌!!」
歓喜に打ち震えているヴィルヘルムは、かなり気持ち悪い。
だが、確かに彼の言う通りその写真の姫はとても美しかった。
「バシュラール公国の第七公女レティシア様ですね。……資料によると17歳のようですが」
17歳ならヴィルヘルムのストライクゾーン外のはず……。
「何っ!?じゅ、17歳だと!?
……完璧だ。その齢ならばすぐに結婚できるではないか!」
……何の問題もなかったようだ。
「この間仰っていた年齢よりも少しお年を召していらっしゃいますが、よろしいのですか?」
こんな言い方をすると何だか年寄りのようだが、公女はまだ17歳だ。
世間一般ではむしろ結婚適齢期である。
「良いに決まっている。17だというのに、この幼さを残した顔立ち……きっと齢を重ねてもそうは変わらないだろう。この子こそ、私の理想の天使だ!」
写真に映っている公女は13~14歳くらいに見える。
童顔、というのもあるのだろうが、その小柄な身体も彼女をより一層幼く見せていた。
「……まあ、理想の相手が見つかって良かったですね。それも結婚しても犯罪にならない相手で何よりです」
「まったくだ。もし天使が15歳以下だったら……私はこの恋情に身を焦がすことになっただろう」
ノアの皮肉は、“天使”に夢中になっているヴィルヘルムには通じなかったようだ。
ちなみに、この世界における女性の結婚可能年齢は満15歳である。
婚約などはそれよりも前から行えるが、15歳以下の少女に手を出した場合――性交渉またはそれに準ずる行為――は相手が成人していれば犯罪になる。例え、同意の上であっても。
その点では、公女の年齢が15歳を越えていたことは僥倖だった。……王太子が性犯罪者にならなくて済んだという意味で。
「さあ、すぐにでも式を挙げようではないか!」
ヴィルヘルムは今までの結婚に対する態度を一変させて、ノアにそう宣言した。
「……はぁ。では、バシュラールに手紙を出しておきます。あちらからの結婚の打診ですし、何の問題もなく娶ることができるはずです」
「早馬出せ! ……いや、むしろ私から会いに行こう。まだるっこしい手順など必要ない、その場で妻に貰い受けようではないかっ!」
ほとんど“今すぐ攫って来る”と言わんばかりの勢いである。
どうやら理想の相手に巡り合えたことが相当嬉しいらしい。かなりハイテンションになっている。
……他国の姫相手に婚姻の手順も踏まなかったら、間違いなく国際問題になるはずだが。
「バカなことを言わないでください。貴方が出しゃばったら纏まる話もダメになってしまいます」
確実に、この変態っぷりに引かれてしまうことだろう。
どう考えても破談になる可能性の方が大きい。
しかし、ヴィルヘルムはノアの忠告も聞かずに出立の準備を始めようとしている。
たぶん彼の頭の中は“天使”のことでいっぱいなのだろう。
「仕事なら一ヶ月先の分まで片付けておく」
そう言ったヴィルヘルムは、キリリッとした顔付きで仕事を捌き始めた。その姿は“王太子の威厳”のようなものが漂っている気さえする程真剣なものだった。……実態は、ただの欲望に忠実な変態だが。
「王太子がそう簡単に他国に行ける訳がないでしょう」
「何とかしろ」
「……………」
こうして、ヴィルヘルムはバシュラール公国第七公女であるレティシア・バシュラールに求婚しに行くこととなったのであった。
◇◇◇
ヴィルヘルムが国王や大臣達を言い包め、“愛しい天使”のいるバシュラール公国に到着したのは、見合い写真を見てからわずか一週間後のことだった。
ちなみに、移動は転移魔法によって行われたため、この一週間は実質“王太子が他国に行く”準備に充てられた。……普通は警護などの問題もあり、王族が気軽に国を離れることはできないのだが。
「漸く、会えるのだな。私の天使にっ」
ヴィルヘルムは転移魔法の陣を出ながら、感極まったようにそう言った。
興奮のためか紅潮した顔は変質者にしか見えない。……いや、顔というより雰囲気だろうか。職質にかけられるレベルの怪しさだ。
「城は、ここから馬で一時間程の場所にあります」
出迎えのために来ていたバシュラールの騎士は、訝し気な顔でヴィルヘルム達を案内する。
たぶん、ヴィルヘルムが怪しいからだろう、微妙に警戒心を抱いているようだ。
そんな騎士の様子に気づいたノアが、小声でヴィルヘルムに注意を促す。
「……危ない発言はやめてください。貴方の性癖がバレれば、この話が破談になるどころか国に強制送還です」
「だから私はロリコンではないと……」
「とにかく、大人しくしていてください」
ヴィルヘルムの抗議は一蹴されてしまった。
実際、ノアは国王達から“何としてでもヴィルヘルムの性癖を隠し通し、この結婚話を纏めて来い”との厳命を受けているため必死である。
様々な思惑を持ちながらも、ヴィルヘルム達は用意された馬に乗り“天使”のいる城へと向かった。
しかし、城に着いたヴィルヘルム達を待っていたのは“愛しい天使”との対面……ではなく、バシュラール大公との謁見であった。
尤も、謁見自体は事前に話を通していたこともあり、比較的あっさりと終わったのだが。
「ヴィルヘルム殿に言って措かねばならないことがある」
“では、結婚相手である公女と顔合わせを”というところで、バシュラール大公が改まった様子で話を始めた。
余程言い難いことなのか、かなり強張った表情をしている。
「実は……レティシアにはある呪いがかけられておる」
「呪い、ですか。それは……」
“呪い”などという不穏なセリフにヴィルヘルムも顔を強張らせる。
さすがに呪われている姫を嫁に貰う訳にはいかない。
……いくら容姿が好みであっても。
「もちろん、今のままではそなたの妻となることはできない。
……だが、呪いを解く方法は分かっている。どうか、この呪いを解くまで結婚を待ってもらえないだろうか?」
バシュラール大公の言葉に、ヴィルヘルムは柔らかく微笑みながら答えた。
「いくらでも待ちます。私は、もうレティシア姫のことを愛してしまっているのですから」
どうやら呪われていても良いらしい。
それ程までに、公女は“理想の天使”なのか……。まあ、ヴィルヘルムが愛しているのは公女の容姿だけだが。
「おおっ、待っていてくれるのか!?」
「当然です」
「ありがとう。こんなにも愛されて、レティシアは幸せだな……」
了承の返事が返ってくるとは思っていなかったのか、バシュラール大公は涙を流さんばかりに喜んでいる。
……そんな、見た目重視の変態に感謝する必要は全くないだろう。
むしろ娘のためにも、この話は破談にすべきだ。
「しかし、その呪いとはどうようなものなのですか?」
「とある魔法使いの恨みを買って、一ヶ月程前に“ある生き物”に変えられてしまったのだ」
「“ある生き物”とは?」
“その問いには答えられない”とばかりに、バシュラール大公はただ首を横に振っている。
「では、呪いを解く方法を教えて頂きたい。私も協力は惜しみません」
惜しまないどころか、ヴィルヘルムはある意味公女本人よりも呪い解きたがっているかもしれない。
彼の“理想の天使”にかける情熱は凄まじいものがある。
そんなヴィルヘルムの気迫に圧倒されたように、バシュラール大公が口を開いた。
「……確かに、そなたの愛が本物あれば呪いを解くことができるだろう。
呪いを解く方法とは―――――愛する者の口付けだ」
◇◇◇
バシュラール大公の言葉に“私にさせてください”と声を上げたヴィルヘルムは、公女の部屋の前へと案内されていた。
ちなみに、ノアも同行している。
天使は、一体どんな姿に変えられているのだろう。
あの可憐な天使のことだ、兎や小鳥といった愛らしい姿なのだろうか。
いや、しかし“呪い”なのだ。ひょっとしたら、蛙や蜥蜴のような不気味な生き物にされてしまったのかもしれない。
口付けできるだろうか、蛙や蜥蜴に。
……ま、まあ、姿が変わってしまっていても本来の姿は“天使”なのだ。
あの天使のためであれば、私はどんなことでもしよう!
ヴィルヘルムがそんな決意をしていると、二人を案内してきた騎士が部屋の扉をノックした。
「はい、どちら様でしょうか?」
部屋から姿を現したのは侍女だった。
「フェルディーン王国の王太子であらせられるヴィルヘルム殿下だ」
「話は聞いておりますわ。どうぞ、お入りください」
侍女は騎士の言葉に頷き、ヴィルヘルム達を部屋の中へと招き入れる。
「レティシア様をお連れ致しますので、どうぞ長椅子にお掛けになってお待ちください」
そう言って、侍女は部屋の奥へと歩いて行った。
「漸く、天使に会うことができるのか」
長椅子に腰掛けながら、ヴィルヘルムは感慨深そうに呟いた。
この後の公女との会合に胸を躍らせていると、ノアが小声で話掛けてくる。
「……これは問題ですよ」
「何の話だ?」
ヴィルヘルムとは対照的に、ノアは険しい顔をしていた。
「呪いの件です。見合いの書類には、そんな情報は書かれていませんでした。つまり、バシュラールは我が国を謀っていたことに……」
「発言に気をつけろ。
大公も言っていたが、呪いがかけられたのは“一ヶ月前”だ。見合い写真を送った後のことで、情報の行き違いがあったのだろう」
フェルディーン王国からバシュラール公国までは、早馬で駆けたとしても十日はかかる。余程重要でもないかぎり、手紙や書類などに転移魔法を使うことはないので情報が間に合わなかったとしても仕方がない。
そもそも、この結婚話を急がせたのはヴィルヘルムである。
「そうかもしれませんが……」
「第一、呪いは私が解くのだ。何の問題もあるまい?」
「……まあ、私は貴方の結婚話を纏めるよう命を受けていますから、別に構わないのですが」
実際、ヴィルヘルム自身が“呪われた姫で良い”と言っているのだから、ノアに反対する理由はない。
彼の使命を果たすためには、バシュラール大公もヴィルヘルムも乗り気な今の状況は、むしろ好都合かもしれない。
「レティシア様をお連れ致しました」
二人の話が終わったタイミングを見計らったように、侍女が再び現れた。
彼女の腕には透明なガラスケースが抱えられている。
……どうやら、蛙か蜥蜴という予想が当たりそうだな。
大丈夫だ、天使のためならばどんな生き物にでも口付けてみせる!
ヴィルヘルムはそのガラスケースを見ながら、先程の決意を思い出すように拳を握った。
「失礼致します」
そう言って、侍女はヴィルヘルムの前にあるテーブルへとガラスケースを置いた。
テーブルへと置かれたソレは、ガラスケース……というよりも水槽と呼ぶ方が相応しいだろう。
大きさは30×15㎝といったところか。中に水は入っておらず、土と落ち葉のようなものが敷き詰められていた。どことなく、湿った様子から腐葉土のように見える。
「ま、まさか虫か……?」
水槽の中の様子を見たヴィルヘルムは、戸惑ったように侍女へと問いかけた。
「いいえ、違います」
「違うのか。……では、一体何なんだ?」
否定の言葉にホッとしながらも、公女が何の姿になっているのか問う。
すると、この侍女もバシュラール大公と同じように言い淀んだ。
……そんなに口にし難い生き物なのだろうか。
「それは……見て頂いた方が早いと思います。
レティシア様、姿を見せてください」
侍女が水槽の中に向かって呼び掛けると、落ち葉の下からゆっくり―――――“ソレ”は姿を現した。
「……っ!?」
ヌメヌメ。
“ソレ”を表現するのは、この一言で十分だろう。いや、あえて言葉を付け足すなら……“気持ち悪い”だ。
人に嫌悪感や不快感しか与えない、その生き物の名前は……。
「ナメクジっ!?」
そう、ヴィルヘルムの“理想の天使”ことレティシア・バシュラールは、呪いによりナメクジへと姿を変えられてしまっていた。
―――――こ、この話はなかったことに……。
ヒロインが姿を変えられてしまった生き物とは、ナメクジでした。
ちなみに、ナメクジは虫じゃないですよ。
カタツムリと同じく陸棲の貝類です。………貝の部分ないけど。
正しくは“動物界 軟体動物門 腹足綱 有肺目 曲輸尿管類”になります。間違ってたら、スミマセン。
誤字脱字があったら、コッソリ教えてください。……正直、登場人物や国の名前がかなり怪しい。
あっ、“ナメクジとかありえねぇ!!”っていう苦情も受け付けてますよ。