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視線
ウッド調のその扉を開けると、すでに篤紀の後ろ姿があった。
詩衣は髪が乱れていないか手鏡で確認し、さっと薄ピンクのトートバックにしまった。
「待たせちゃったかな?篤紀くん早いね!」
言いながら詩衣は篤紀の向かいのソファーに腰を下ろした。
「…西浦!生憎、女性は待たせない主義なんだ」
篤紀の瞳がイタズラに光った。
こんな聞いていて小っ恥ずかしくなるような
台詞をさらりと言えるのは、おそらく篤紀くらいだろう。
「今日、意外だった。まさか西浦から連絡くるとは思わなかったからさ」
「…そうかな?」
詩衣は自分の頬が赤く染まっていくのがわかった。
照れ臭くなり必死で次の話題へと会話を移した。
「ここよく知ってたね。私は同期の子に連れられてよくこの辺で遊んでるんだけどさ」
篤紀は一瞬、虚をつかれた。
篤紀にとってこの喫茶店は忘れられるはずのない場所なのだ。
「ああ、大学が池袋だったから…この辺は割と土地勘あるかな」
篤紀がふいに窓の外を眺める。
その視線を追い詩衣も窓からの光景に目をやる。
駄々を捏ねたものわかりの悪い子供の手を引っ張って、歩いている母親の姿が目に入った。