躊躇
バレンタインデーの騒動から一月ほど、そうホワイトデーの季節がやってきた。
この日、詩衣は健人に呼び出されている。
行くか行かないか悩んだものの、あのキスのことをハッキリさせたかった。
嘘、何事もなかったかのようにスルーしてしまいたいとも思う。
相反する二つの気持ちが激しく心の中で摩擦を起こし、結局は行くという答えしか持ち合わせていないのだ。
「…んー…、」
一応、服とか悩んでみたりしてはいるものの、どちらにしろ健人のペースに振り回されることをいい加減学んだ詩衣。
何でもいいや、という結論に達しフリンジが可愛らしいピンクのワンピースに袖を通した。
待ち合わせは…、あの時の公園。
溜息を吐きたくなるような気持ちを押さえ、待ち合わせ場所へと向かった。
「よー…、」
既に到着していた健人は、詩衣に気づくと右手をヒラヒラと振りかざした。
ちゃんと女の子より先に来て待っているんだから、そういうところは流石だ。
「こんにちわ。」
「ちわ。」
ハハッと笑う健人に感じた違和感。
健人と会う時はいつもあの店で、しかも夜だから、妙に色気たっぷりだったけど、今日は違う。
昼間の健康的な日光に照らされている健人は、いつもよりも優しい笑みを帯びていて。
───何だ、爽やかじゃん。
そんなことを考えながら、クスリと思わず微笑んでしまった。
「…ん?」
そんな詩衣に対して、健人がグッと顔を近づけてきたので、
「あ、何でもないですっ、」
詩衣は慌てふためき、手を突き出すと、今度はそれに健人がニヤリと微笑んで。
結局、二人して笑ってしまった。
「ほい、ホワイトデー。」
ピンクの包装紙に包まれたそれを、健人は詩衣の目線の高さに合わせてゆらゆらと振りかざした。
「…ありがとう、ございます…。」
詩衣がバレンタインの日に健人に渡したチョコレートは、健人の為に用意した物ではないので、言葉とは裏腹に受け取るのを一瞬躊躇した。
「ほーら。」
そんな詩衣を見透かして、健人はピンクのそれをズンと詩衣の顔に近づける。
「…いいの?」
「いいよ。」
ありがとう、再度そう呟き手でそっと包み込んだ。
「…何ですか?」
「んー…、帰ったら開けて。」
「…はい。」
ニコッと笑った健人は、いつかのベンチを指さした。
「ちょっと、座って話そうか?」
ゴクリ、思わず唾を飲む。
詩衣の腕を少々強引に掴み、半歩前を歩く健人の横顔が、何故だか切なく思えるのは…どうしてだろうか。