祈願
ゆっくりと時は流れ、いつのまにやらバレンタイン…の3日ほど前。
美奈子から正月の時のカラオケ以来、久々の電話がかかってきた。
「詩衣ひさびさー。でもないか、正月ぶりー。」
受話器越しに美奈子がクスクスっと笑っているのが聞き取れた。
「美奈子ちゃん!どうしたの?」
「うん、いきなりなんだけど…バレンタイン暇?」
「そりゃあ暇だよぉ。彼氏いないもん。」
少々僻みっぽい言い方になってしまったな、と自分でも思った。
「あのね、その日の夜、健人の店でバレンタインイベントやるから友達連れてきてって言われて…。詩衣行かない?」
「仕事遅番だから少し遅れるかもしれないけど大丈夫だよ。それより…」
健人の店であるバーでのイベントとなるとどうしても一つ気になることが詩衣にはあった。
美奈子も詩衣の意図していることを汲み取ったようで、直ぐさま説明しはじめた。
「…篤紀くん?実はね、篤紀くんにも声かけたらしいんだけど断られたらしいの。だから詩衣も誘ったら?って健人に言われて…。そう言うわけだから来ないよ大丈夫。」
篤紀が来ないとしり、ほっとしたような寂しいような複雑な心情だった。
詩衣はベッドに横たわっている姿勢を組み直し、携帯を持つてを変えると再び受話部を耳に当てた。
「ところで…バレンタインイベントって何?特別なことするの?」
「ううん。飲み放題になるだけだって。あっ…だけど女性のお客様はチョコレート持参だった。」
「…あげる人いないけど?」
この詩衣の問いに、美奈子は少し困ったような様子で答えた。
「私だっていないわよ。女性からチョコプレゼントの時間があるらしいの。本命がいる人はその人に、いなければ義理チョコとして誰かに渡せばいいって言ってたわよ?」
「え~~…」
詩衣が言葉に詰まってると、美奈子が続けた。
「まぁ、義理でいいんだから深く考えなくていいんじゃない?あくまで義理だし。ただし渡せる相手は一人だけだって。」
「なんだかなぁ~、世間はバレンタインだ告白だとか色恋めいてるけど、私そんな気分じゃないよー。」
「もう詩衣、いつまでそんなこと言ってるの。そんなんじゃいつまでたっても新しい恋できないでしょ。」
美奈子のその台詞は悔しいけど的を得ていた。
バレンタインなんてなければいいのになぁ…と美奈子に言おうとした時、詩衣の脳裏にある考えが閃いた。
「あのさ美奈子ちゃん!そのイベント私の友達も誘っていいかな??」
「いいんじゃない?人数多い方が盛り上がるって健人も言ってたし。何なら私から健人に伝えておこうか…?友達って詩衣の他に何人?」
「ありがとう!3人!」
詩衣は即答した。
詩衣があまりに急にテンションがあがったため、美奈子は戸惑ったような声で話しをしたものの、その内容は肯定的なものだった。
「わかった!それじゃあ健人に伝えておくから。じゃあバレンタインの日ね、
バイバイ。」
「うん、バイバイ。」
詩衣は美奈子との電話を切ると、休む間もなく今度は千里に電話をかけた。
そう、詩衣が誘おうとしている3人とは、千里、傑、そして浩介の3人だった。
初めて会った合コンの帰り道で千里が話したバレンタインのエピソードを聞いた詩衣は、もう一度傑にチョコを渡すチャンスを千里につくってあげようと考えたのだ。
少々恥ずかしがり屋なところがある千里も、こういうイベントということならきっとチョコレートを渡すことができるはず。
そこで、今度こそは傑くんに思いが伝わるといいな…と詩衣は思い、千里に話した。
千里の答えは「わかった、頑張ってみる。」であった。
胸を撫で下ろし、傑と浩介にメールを送ったところ二人からも心良い返事がかえってきた。
そして詩衣は、千里の告白の成功を祈りながら眠りについた。
───私は誰に渡そうかな、チョコレート…。
去年のバレンタインにあげたのは…
詩衣は考えるのを止めた。