休息
傑は話好きな性格らしく、日常のたわいも無い出来事を上手く味付けして話題をふりまいていた。
あまりに次から次へと言葉がでてくるので、頭の回転のスピードに詩衣は感心した。
場を盛り上げるタイプではない詩衣にとって傑の明るさは非常にありがたかった。
一方、浩介は年上のためかどちらかと言うと落ち着いた雰囲気だ。
皆が話す内容をじっくりと聞き、絶妙なタイミングで相槌をうってくれるため安心感を与えてくれる。
いつしか詩衣は自然に2人と打ち解けていた。
篤紀と別れてから、頭の中が整理整頓できていない状態だった詩衣にとって束の間の休息のような穏やかな時間が流れた。
「あのさ、詩衣ちゃん」
傑と千里が最近売り出し中のお笑い芸人の話しで盛り上がってるとき、浩介が二人に聞こえないくらいの声で話しかけてきた。
「はい??」
話しかけられると思っていなかった詩衣は思わず声が上ずってしまった。
恥ずかしくなり、頬が紅色に染まっていくのが自分でもわかった。
そんな詩衣を見て、浩介は一瞬だけ優しくふわっと微笑むと話しはじめた。
「さっきからあんまり食べてないけど…体調でも悪い?」
「あっ…えっと…もともと小食なんで…」
本当は篤紀と別れてから、何となく食欲がなくあまり食べれない日が続いていた。
「んー…、俺ら揚げ物ばっかり頼んでたから女の子にはちょっとキツイか。じゃあ、それちょうだい。」
そう言うと、浩介は詩衣の皿に手付かずの状態でのっている唐揚げを箸でひょいっと自分のお皿へと移した。
「そのかわりに、詩衣ちゃんには…」
「かわり??」
詩衣は浩介が言ったことの意味がわからず、ただ彼の行動を見ていた。
浩介は店員を呼びとめ、杏仁豆腐を一つ注文した。
「ここの杏仁豆腐、昔食べたことあるけど凄く美味しいから。…食欲なくても何かは食べたほうがいいよ。」
篤紀とは違う、大人な対応に詩衣は戸惑いを感じたものの、その優しさが今の詩衣にとっては心に染みた。
「…ありがとうございます。」
「うん。あー違う違う!別に敬語じゃなくて構わないから。」
浩介は先程、詩衣から取りあげた唐揚げを美味しそうに平らげていた。
「…詩衣ちゃんはさ、悲しそうな顔してるけど何か辛いことあったの?」
「…え?」
自分の内心が浩介に見透かされているのかと、詩衣は思った。
「いや、何でもない。忘れて。」
───そんなこと言われて忘れられるわけがない。
詩衣はそう思ったものの、心の中を丸裸にされるのが怖く、結局のところ当たり障りのない返事だけしておいた。
「大丈夫です、気にしてないです。」
すると今度は浩介が笑いながら、詩衣の頭に手を置きポンッと軽くなでた。
「だから、敬語じゃなくていいよ!」
「あ…、うん。」
新しい人達との出会いに、少し戸惑いはあったものの、詩衣は何となく篤紀との別れから一歩踏み出せたような気がした。
この日詩衣は、傑と浩介と連絡先を交換して、合コンはお開きとなった。