無情
「それでは報告しまーす。うたちゃんはお前とのことはもう過去のこととして、乗り越え至って元気でしたー。カラオケでも非常にテンションが高く、美奈子と一緒に『とんぼ』を大熱唱!それはそれは長渕も仰天の『お~お~おお~おお~』でした!以上。」
帰省したときの詩衣の様子を健人に尋ねた結果がこうであった。
篤紀は苛立ちを通り越し、目眩がした。
「おい、冗談と長渕の話はいいからさ…。詩衣は元気なの?」
この日篤紀は、用事もないのにわざわざ健人の店に飲みにきた。
それは他でもない、詩衣の様子が知りたかったからだ。
自分のことをまだ少しでも思っていてくれていることを期待していたが、健人の悪ふざけにより今だその答えは知りえない。
「元気か元気じゃないかって聞かれたら、まあ普通じゃないの?いくら失恋直後でも赤ら様に落ち込んだ姿を他人に見せるやつなんてそうそういないだろうし。見た感じじゃわかんねぇよ。」
最もな健人の答えに何も反論を持ち合わせていない篤紀は、別の質問に切り替える事にした。
「…俺のことは?何か話してなかった?」
すると健人の顔つきは少々険しくなった。
「それを聞いてお前どうしたいわけ?」
「…どうって…」
「お前さ、わかってるの?」
何がだよ…と声にする前に健人が話を続けた。
「うたちゃんが心の何処かでまだお前のこと好きでいるの期待してない?…いいか、お前はふられたんだよ。はっきりもう無理って言われたんだろ?それが答えだよ。例えまだお前のことを好きだとしても、お前との未来をうたちゃんは選択しなかったんだよ。」
健人の言葉が心に突き刺さった。
自分が戻ってきてほしいと言えば、詩衣は戻ってくる様な気がしてた。
不意に、自分が今までしてきたことの重さに気づかされた気がした。
詩衣よりも華を選んだのは自分なのに、この後に及んでまだ詩衣のことを思っている自分がいることをはっきり自覚した。
しかし、もう遅い。
今更どんなに詩衣を思ってももう詩衣との時間を取り戻すことは出来ないのだ。
「もう忘れてしまえよ。…それがお互いの為に一番いい。」
健人の言葉が静かな店内に響き渡った。
「そしてお前は、華との未来を考えろ。」
この日のビールは、苦々しく感じた。
どうしてだろうか…一粒の涙がこぼれ落ちた。
それがグラスの中に吸い込まれ、ピチャッと音を鳴らした気がした。
あれ程までに、自分を愛してくれた彼女はもういない。
長渕ファンの方…すみません。。
こんな使い方ですが、気を悪くしないでください…
ちなみに私は『とんぼ』好きです。
引用:長渕剛『とんぼ』