(閑話休題)12月23日
篤紀と詩衣が別れる前日の、ちょっとしたエピソードです。
本編32話の前日の話になります。
12月23日午後8時50分。
最後の客が帰り、店を閉めようとしている時だった。
「詩衣、今日この後時間ある…?」
千里が足早に詩衣の元に近寄り尋ねてきた。
詩衣は少々悩んだ。
今日はこれから特に予定は無い物の、明日から篤紀との北海道旅行だ。
朝の7時と、早い時間に待ち合わせしているため、今日あまり遅くなるのは避けたかった。
ハッキリとした答えを出せずにいる詩衣に、
千里がそっと耳打ちしてきた。
「実はね…、星野さんいるじゃん?なんか昨日、彼氏と別れちゃったらしいんだよ。それでね、励ます会をやろうってことになって人数集めてるの。勿論、本人にはただの飲み会って名目なんだけどね…。」
━成る程、今日一日、星野さんが元気ないのはそういう訳だったのか。
星野さんは5年目の先輩で、可愛らしい笑顔とミディアムロングのパーマが特徴の先輩だ。
面倒見が非常によい先輩で、千里も詩衣もよくお世話になっている。
「あまり遅くまではいられないけど、大丈夫だよ。」
あまり親しくない人だったら断っただろうが、他ではない星野さんだったため詩衣は千里にこう告げた。
その30分後に、店から徒歩5分くらいのところにある西新宿のチェーン店の居酒屋で『星野さんを励ます会』が始まった。
もつ鍋が美味しいことで有名なその店は、会社帰りのサラリーマンで賑わっていた。
結局、参加者が6名程だったその会は、お酒が進むうちに恋愛トークへと発展していった。
「彼氏がさ…、他に気になる子が出来たんだって…。最初はさ…それでもいいかと思ったんだけど…ひっく…辛くなってきてね…うぅ…別れることにしたんだ…えぇぇん…。」
星野さんが、別れた原因を自ら語りだした。やや絡み酒のせいか、あまり感情移入し難かったが、話の内容自体は今の詩衣の心を突き刺すものがあった。
「でも…それでもいいから、相手の心の中に別の誰かがいてもいいから、繋ぎとめたいとは思いませんか…?」
詩衣は星野さんに尋ねた。
「最初はね。」
星野さんはビールをぐびっと口へ運び、続けて話し始めた。
「でも、今は違うかな。」
━違う?…どうして?
詩衣は胸に抱いた疑問を解消したく、星野さんに話すことにした。
「今の私の状況…、星野さんに似てるかもしれません。」
篤紀のこと、華のこと、詩衣は一通り星野さんに説明した。
その隣では、千里が心配そうな面持ちで詩衣を見つめていた。
「成る程…、詩衣やるわね…。」
そう言うと、星野さんは店員を呼びビールを追加した。
店員が「かぁしこまりましたぁあ!」とやたら元気な挨拶で注文を取り終えると、星野さんは視線を再び詩衣に戻した。
「けどさ、それで本当に幸せ?」
胸の奥がチクリと痛んだ。
「百歩譲って、詩衣がそれで満足だとしても相手は本当に幸せなのかな…?私はね、相手の幸せを一番に考えてあげたいと思ったんだ。例え行き着く先が私ではなかったとしても。そして願わくは、私の幸せを一番に考えてくれる人と人生を共に歩みたいんだ…うぇぇ…。」
星野さんは、吐き戻しそうになったのか口元を手で抑えだした。
すかさず、千里が背中を摩り、ビニール袋を差し出した。
「うぅっ…千里、ありがとう。」
星野さんは、全部吐き出しスッキリしたのか顔色が良くなった。
心なしか、瞳も先程までと違い、どこか輝きを帯びているように詩衣には見えた。
「なんてね…。本当はもう後悔してたりもする。別れなきゃよかったかもって…。だって想像以上に寂しいもん!」
そう言い残し、星野さんはトイレへ駆け出した。
翌朝、詩衣はまだ酒が残っているせいか、重い身体にムチを打ち、篤紀との待ち合わせ場所である東京駅へと向かった。
篤紀と一緒にいるだけで幸せだと思った。
他には何もいらないと思った。
篤紀との時間が私の全てだった。
━━━でも
でも篤紀は、今本当に幸せなのだろうか?
待ち合わせ場所である改札口に近づくと、遠くに最愛の人の姿を見つけた。
詩衣は、心にそっと鍵をかけ、篤紀の元へと駆け出した。
星野さん…グッジョブです!