懺悔
「5、4、3、2、1…」
メラメラと力強く揺れ動いている灯火は、詩衣によって吹き消された。
二人は宿である旅館で、夕食をとった後、各々露天風呂に入り、部屋でテレビを見ていた。
その後、12時10分くらい前のタイミングで、仲居さんが部屋にケーキを届けに来てくれた。
それは、篤紀が詩衣のために用意したものだった━━━共に詩衣の誕生日を祝うために。
部屋の明かりを全て消し去り、蝋燭に火をつけると、窓から見える海が反射して何とも幻想的な雰囲気になった。
そして12時を回ったとき、詩衣はその蝋燭を優しく吹き消したのだった。
「詩衣、誕生日おめでとう。」
篤紀はお決まりの台詞を口にした。
「ありがとう。」
詩衣もまた、通り一遍の返答で答えた。
奮発した宿代に、交通費、ケーキ代…、決し
て安い物ではなかったが、これは詩衣に対する謝罪のつもりであった。
いくら詩衣が望んだ事とはいえ、詩衣を傷つけているのに違いはないのだから。
そして、もう一つ。
「詩衣、これ…誕生日プレゼント。」
篤紀は鞄の中から、手のひらサイズの小箱を取り出し詩衣に手渡した。
茶色の小箱は、可愛らしいリボンで結ばれている。
詩衣はそのリボンをほどき、小箱を開いた。
「…これ…」
そこには、シルバーの指輪があった。細めのデザインで中央には十字架のマークが施されている。
婚約指輪ではないものの、そこそこ値の張る物であろうことは、詩衣も十分理解できた。
ちゃんとするつもりだった。
この指輪には、篤紀のこれまでの懺悔と決意が込められている。
あれから華は、離婚を決意し、今そのための準備中をしているところだ。
離婚した後は、今暮らしている家を出て実家で子供を育てるつもりだ。
しかし、華の旦那も親権を放棄しようとはしていないため、色々と事が思うように進まず手間取っていた。
正式に華と旦那の離婚が決定したら、篤紀はもう華と会うのは辞めようと思っていた。
正直に言うと、肉欲に負け一度だけ華と寝てしまったことがある。
行為に及んだ後、篤紀は激しく後悔した。
いくら詩衣が、華とのことを公認してくれているからと言って、詩衣と別れてもいない状態でこんなことしていいはずもない。
篤紀は自分の行動を恥じ、詩衣を大切にすることを決心した。
この指輪はそのことを証明するために用意したものだった。
しかし、次の瞬間詩衣は声を激しくあげ突然泣き出した。
子供が母親に叱られて泣いているときのようなそんな感じだった。
想像だにしていなかった、詩衣の行動に篤紀は呆気にとられていると、詩衣は声を絞りだし話した。
「あ…あつのり……ごめ…ごめん。こ…これは受けとれな…い。」
尚も興奮冷めやまぬ状態のまま詩衣は続けざまに話した。
「もう…も…もう限界…だよ。わ…別れよ…う。こ…この旅行…が…お…終わった…ら。」