情緒
北海道函館市━━━。
12月24日、
二人はこの街に来ていた。
去年から一年越しの約束を果たすためだ。
行き先は自由に決めていいと言われた詩衣は、迷わず函館を選んだ。
それには理由がある。
小6の時の修学旅行の行き先がここだったからだ。
詩衣と篤紀は自由行動の班が一緒だった。外人墓地に八幡坂、五稜郭にトラピスチヌ修道院━━━篤紀は覚えていないかも知れないが、当時周った場所とまったく同じコースを二人は巡っていた。
小6の時の修学旅行は皆んなで周ったが、
今回の旅行は二人きり。
いつかまた二人で来たいと思ってたあの日の夢を今やっと実現することができた。
二人を吹き付ける12月の風は、身体が凍てつくくらい冷たいが、詩衣にとってはそんなことどうでもよかった。
「懐かしいな。」
八幡坂を下っている途中で篤紀がボソリと呟いた。
聞こえるか聞こえないかくらいの声であったが、詩衣はそれを聞き逃すことはしなかった。
「…覚えてたの?」
「ああ、修学旅行。そういえばあの時も、隣に詩衣がいたっけ。」
「うん。」
目の前には港が見える、そして海が広がる。
そんな絶景を眺めていると自然に二人も雄弁になった。
ここ数ヶ月のギスギスした雰囲気も、癒してくれるような気さえした。
「私ね…」
「うん?」
ふいに船の汽笛の音が聞こえてきた。その音はあまりにも雄大で、しかし優しい音色だった。
もう何も怖いものなんてない━━━そんな錯覚をしてしまうほどに。
「あの頃から、あなたのことが好きだった。」
想像だにしていない、詩衣の告白に篤紀は一瞬戸惑ったように、片眉を潜めたものの、すぐに体制を整えた。
「俺もだよ。」
今度は詩衣が3秒前の篤紀と同じ行動をとるはめになった。
「たぶん、初恋だったんだな。今にして思えば。あの頃から詩衣は可愛くて。知ってる?男子の間でも結構人気だったんだぜ?まあ、あの頃は好きな女にどう接すればいいかなんて知る由もなくて、スカートめくりばっかりしてた記憶があるけど。」
はは…と篤紀は渇いた笑を見せた。
「そういえばそうだったね。私も好きって気持ちをどうしていいのかさっぱりわからなくて…、それでも目を逸らさずにはいられなかった。ついつい気がつけば篤紀のことを目で追っていた。ひかないで聞いてね?実は修学旅行の時、どうしても篤紀の写真が欲しくて…こっそり後ろ姿だけ撮った写真があるんだ。」
唾を一度飲み込み、詩衣は続けた。
「今も大切にしまってある。」
篤紀は優しく笑った。何処か切ない笑顔だった。
「ありがとう…去年、詩衣と再開できた時は本当に嬉しかったんだ。人で溢れかえっている東京で逢えるなんて夢にも思っていなかった。」
わたしも…と言いかけたところで、詩衣の声は篤紀によって遮られた。
「なのに、傷つけてごめん。辛い思いさせてごめん。…あの頃のまま大きくなれたらよかったのにな、俺たち。」
詩衣は篤紀の手をとり、顔を覗き込んだ。
泣きそうな顔だった。
何と答えていいのかわからず、暫く黙っていた。
「だけど俺、どうしても華を放っておくことは出来ないんだ…。」
詩衣は握っている手の力を強めた。
「大丈夫、わかってるよ。」
それだけを言い残し、詩衣は足を進めた。
「篤紀!行こう!前に進もう。」
そのまま二人は、今日の宿である旅館へと向かった。