後悔
その言葉を言うのは、篤紀にとっては物凄く苦痛だった。
しかし、いまさら引き返す訳にもいかなかった。
篤紀は、目を一瞬瞑った後、そっと詩衣を眺めた。
蒼白になった顔面蒼白が今の状況を物語っている。
まるで気分は、被告人に判決を告げる裁判長だ。
「だから、俺たち…別れない…か?」
自分でも情けなく感じた。
この場に及んで、疑問系で尋ねたことに関してだ。あくまで、詩衣に決定を委ねる辺り、我ながらずる過ぎて情けなくなる。
それでも、心のどこかで詩衣と別れたくないと思っている自分もいた。
勿論、華とのことを選択した以上そんなこと許されるはずはないのだけれど。
怒るのだろうか?それとも泣くのだろうか?
篤紀は詩衣の反応を待った。
その時間は、とてつもなく長く感じた。
しかし、篤紀のそれは精神的な緊張からくる錯覚で実際は5秒にも満たないくらいだった。
詩衣は、そっと両手を伸ばし篤紀の掌を自分の手で包み込んだ。
その表情は、どこか微笑んでいるようにも感じた。
全く予期していなかった展開に、篤紀はただ流れに身を任せるしかなかった。
「…それでもいいって言ったら?」
「えっ?」
予期していなかった詩衣の行動の後に、こちらも予期していない台詞が続き篤紀は混乱した。
それでもいいとはどういう意味なのだろうか…。その前の篤紀の問いから考えると、別れることに対しての肯定と捉えることが普通だが、それでは今自分の手に添えられている詩衣の手は何なのだろうか?
暫し篤紀は、脳内を活性化させたものの、結局詩衣の気持ちは詩衣自身にしかわからないということに気づき、もう一度尋ねた。
「…それでもいいってどういう意味?別れてくれるってこと?」
我ながら嫌な言い回しだと思った。別れてくれるなんて言い方はこの場においては、嫌味以外の何ものでもないだろう。
もっとスマートな言い回しが出来なかった物かと暫し後悔した。
「違う。」
そう言うと、詩衣はゆっくりと首を横に振った。
「華さんの事が心配なら、それでもいい。華さんの側に行きたいときは行ってもいい。でも…」
詩衣は震える自分の手を必死で抑えながら抑揚のない声で話した。
「私との関係は…辞めないで。」
言い終えた詩衣の瞳には薄っすら涙が浮かんでいた。
篤紀は罪悪感に押し潰されそうになっていた。元々悪いのは自分なんだ。
それなのに、詩衣が傷ついていることに耐えられなかった。
すぐ目の前にある、その細い身体を抱き寄せた。
篤紀は詩衣の顎を掴み、軽く口づけをかわした。
「…わかった。」
そう一言だけ詩衣に告げた。
今言った言葉とは裏腹に、自分がどうすべきなのかわからなかった。
ここで詩衣を突き放すことは可能だが、そしたら詩衣はどうなってしまうのだろうか?
今にも倒れそうな詩衣にそんな追い討ちをかけることはできなかった。