疑念
━━━ドクンドクンドクン。
━━━ドクンドクンドクン。
自分の心臓の音が、まるで自分の物ではないかのように鮮明に聞こえた。
「華と会った」その事実にはたいした驚きはなかった。無論、悲しみや失望はあったが。
篤紀の携帯に、電話があったあの時から遅かれ早かれそうなる様な気はしていた。
宝くじには一回だって当たったことがないのに、こういう時の女の第六感っていうやつは嫌ってほど当たる。
華と会った事実よりも、詩衣にとってはその事を話した篤紀の表情の方が驚きだった。
…今までに見たことのないくらい、深刻で真面目な表情だった。
実際、会っただけならもしかしたら何か理由があるのかもしれない。
その理由を話してくれれば、許すことだってできる。
そして、詩衣がそうするであろうことは篤紀はよくわかっているはずだ。
━━━今まで誰よりも側にいたのだから。
しかし、篤紀のその表情からは、これから篤紀が言おうとしていることが、華と会ったこと以上に詩衣にとってよくない事であること
を物語っていた。
篤紀も恐らく、そんな詩衣の心境を全て見透かしてどのように切り出すかを探っている。
一つ、咳払いをした後、篤紀は話しはじめた。
「…オリンカップル社って知ってるよな?」
唐突に振られた話題に、一瞬ビックリしたも
のの詩衣はすぐ平常心の自分に戻った。
「うん。…店の新聞で読んだ。」
つい最近、千里が読みながら話題にしたオリンカップル社倒産の出来事は、詩衣にとって
も記憶に新しい。
しかし、それが今のこの自分が置かれている状況とどう関係があるのかはさっぱりわからなかった。
そしてその疑問を解消すべく、篤紀は付け足した。
「華の…、旦那が経営している会社なんだ。それで、華の旦那はショックをうけて華と子供に暴力してるらしいんだ。」
「…旦那?…子供?」
詩衣は当たり前の疑問を口にした。華が結婚していて、子供がいることを今まで知らなかった。
篤紀も自分がその事を話していないことに気づき、慌てて説明した。
「あ、ああ。俺と別れた後、付き合ったサークルの先輩とあいつ結婚したんだ。子供も…確か今1歳くらい。」
「…そうなんだ。」
納得した台詞を言ったものの、詩衣の内心は全くと言っていいほど納得していなかった。
既婚者で子持ちであるなら、尚更自分とは関係ないんじゃないだろうか…。
しかし、その直後に篤紀が放った言葉は詩衣を奈落の底へと突き落とす物だった。
「旦那がそんな状態だから、華も…自暴自棄になってて。…心配なんだ。うたには、勝手なこと言ってるてわかってる。だけど…」
篤紀は詩衣の眼差しをしっかりと見つめた。
「だけど俺、華の側にいてやりたい。」