願望
「…篤紀、何か隠し事してるでしょ。」
詩衣が放ったこの台詞に特に深い意味合いはなかった。
大手お菓子メーカー「マリコ」が、秋の新商品として発表したチョコレート菓子(余談だが、そのお菓子のキャッチフレーズは、貴方と彼を繋ぐ濃厚なKissである。…冬でもないのに。)を、甘い物に目の無い詩衣は、それを大人買いし、冷蔵庫に保存してある。
ココア、キャラメル、野イチゴ、ビター、そ
して何故かスイカ味という季節感を全く無視した5種類が発売されたのだが、詩衣はそれぞれ10個ずつ計50個を近所のスーパーでまとめて買った。
毎日、1パックずつ夕食後に食べていたのだ
が、どうも数が合わない。
具体的には、まだ残っているであろう数より3つほど少ないのだ。
そこで詩衣は篤紀が詩衣に内緒で食べたに違いないと思い、先程の言葉を発したのだった。(事実、詩衣の家に自由に出入りできるのは篤紀しかいないので、100%篤紀が食べた
のだが。)
勿論、詩衣はその事に対して、本気で咎めるつもりなどなく、寧ろじゃれあいの一貫として言ったつもりだった。
しかし、篤紀は詩衣のその言葉に完全に想定「外」の反応を示した。
大袈裟なくらい神妙な面持ちで、顔面には狼狽の色が浮かんでいる。
そして篤紀は、地面に掌をつき完全に土下座のポーズで「ごめん」と一言だけ口にした。
流石に詩衣も、たかがチョコレート菓子の事でそこまで真剣に謝られたのでは些か居心地
が悪くなり、戯けた柔らかい表情を篤紀に向けた。
「やだなあ、篤紀。私別に怒ってないよ…そりゃあ、チョコレートは好きだけどさ。」
「………え?」
どうやら、篤紀はチョコレート菓子のことを詩衣が言っていて、自分が思い違いをしているということに今気がついたようだった。
「だから…冷蔵庫のチョコレート!篤紀勝手に食べたでしょ?」
「あ、…ああ、ごめん。」
篤紀の異様なまでの慌てぶりに詩衣も、何かが変だと思い、続けた。
「私は、チョコレートのこと言ってたんだけど…。篤紀は違うの?」
「…いや。」
篤紀からの返事は、何とも歯切れの悪い物だった。そして。この返事が詩衣の中で確信に変わるものとなった。
「…何を隠してるの?私に秘密にしていることでもあるの?」
詩衣は真っ直ぐな眼差しで篤紀を見た。
篤紀も同じ様に詩衣を見ている。
しかし、その瞳の奥に詩衣は映っていない。
詩衣の「方向」を見ているだけで、篤紀の目に意思は感じられなかった。
やがて、暫しの沈黙を破るかの様に篤紀が話しはじめた。
何かを決心したように、ゆっくりと口を開いた。
「うた、ごめん。…5日前、華と会ったんだ。」
この話に出てくる、人物•企業は実在するものとは一切の関係がありません。
全てフィクションです。
ですから、軽い気持ちで読み流して頂けると有難いです。