錯覚
篤紀はギョッとした。
随分と大袈裟な表現に感じるかもしれないが、篤紀の目の前にいる華はそれほどまでに頬はこけ、身体も一回り以上小さくなり、生気が感じられない。
篤紀が知っている華とは、かけ離れていた━━━佇まいを除いては。
直ぐに行くと華に告げ、猛ダッシュで電車を乗り継いだ篤紀は、華の実家の斜め向かいの公園に到着し、くたびれたベンチに腰を下ろしている華を確認した。
華も篤紀に気づいたらしく、胸の辺りで小さく手招きをし、無理矢理に笑顔を作った。
篤紀はその手招きにつられる様に足を進め、無言で華の隣に人一人分のスペースを空け、腰を下ろした。
最初に言葉を発したのは篤紀だった。
「…大丈夫か?」
華は首を縦にゆっくりと振った。
二人の間には何とも重苦しい雰囲気が流れている。
最も、二人が別れた経緯を考えれば当然なのかもしれないが。
「ごめんね。」
今度は華が沈黙を破った。
その言葉が何に対する謝罪なのか、篤紀はわからなかったが、それ以上に華が今何を考えているのかは無性に知りたかった。
「…お前、今後どうするの?旦那とは話し合ってないのか?」
「…わからない。」
「でも、子供のこともあるし、ずっとこのままって訳にもいかないだろ。」
華は「うん」と殆ど聞こえないくらいの声量で呟いた。
と、思ったら今度は急に声を振り絞って話し出した。
「…大学のとき」
「え?」
「大学のとき、私、篤紀に酷いことしたね…。それで今、圭とこんなことになって…自業自得だね。」
華は自虐的な笑みを浮かべたものの、先程よりかは幾分かスッキリとしたようだった。
「今後のことは…今は考えられない。でも、圭とは…もう一緒にはいられないと思う。」
「そっか…。」
篤紀は先程自分が華に対してした質問であるにも関わらず、何と答えていいのか分からなく返答を詰まらせた。
こうして、華の隣に身を置いていると、華と付き合っていた頃にタイムスリップした様な錯覚を感じた。
まだ9月だというのに、一瞬冷んやりとした風が二人の頬をなぐった。
それにより、篤紀はあの頃とは違うという現実を突きつけられた気がした。
その証拠に、詩衣の顔が脳裏に浮かんだ。
「…あの頃に戻りたい。」
華がボソッと呟いた。
篤紀は、聞こえていないふりをした。
華が、今自分が置かれている現実から目をそむけているだけだということを分かっていたからだ。
「大丈夫だよ。」
その言葉は、華が落ち込んでいた時によく篤紀が口にしていた言葉だった。
華もそれを思い出したのか、篤紀の目をみて微笑んだ。
そして、ゆっくりと立ち上がり一歩前に進み振り返った。
「子供が待っているから、そろそろ行くね。今日はありがとう。篤紀と話してたら、安心した。…また会ってもらえないかな?話聞いてくれるだけでいいの。」
篤紀は迷った。
━━━華と再び会うことを。
しかし、結局篤紀の答えは決まっていた。
「ああ、いつでも話し聞くよ。」
付き合ってたころには戻れないことも、詩衣を傷つけることもわかっているのに、どうしてだろうか自分でもわからなかった。
ただ、華の後ろ姿を眺めてた。
その姿は、やっぱり愛しくてやっぱり切なかった。