道程
「倒産…?」
華が言ったその単語を篤紀は鸚鵡返しした。ただし語尾は上がり調子だ。
よく耳にする単語ではあるが、今ひとつ実感がわかない。
それを元カノが口にしているのだから、殊更だ。
「オリンカップル社って聞いたことない?数日前からニュース番組で度々報道されてる…。」
「あぁ、知っている。…もしかして、お前の旦那が経営している会社が、その?」
「…うん。」
華の声は相変わらず、活気のないものだった。
華の旦那である、圭と篤紀は面識がある。と
は言え、頻繁に顔を合わせていた訳ではない。
大学1年の時、華と健人が所属していたサー
クルに篤紀が数回、二人に付き合わされ、連れていかれたことがある。
名ばかりのスノーボードサークルで、それでも冬の間は、長野の雪山に行ったりもするが、夏の活動がない期間はほぼ毎週飲み会をし、馬鹿騒ぎするだけのサークルだ。
圭は、3人より2学年上のそのサークルの部長だった。
こういう経緯で、篤紀は圭と挨拶を交わすくらいの関係ではあったものの、華や健人に比べると特に親しくはなかった。
だからこそ、華と圭が浮気していると知った時には、ぶつけようのない悔しさがあった。
その圭の会社が、経営破綻したときき、篤紀は内心では「ざまあみろ」と思った。
勿論、あくまで内心でだが。
「それで、圭が…、人が変わったみたいにお酒ばっかり飲んでて…。暴れてて、手が付けられない…。」
これ以上関わってはいけない気がした。
篤紀の本能がそう警鐘を鳴らしている。
しかし、篤紀はこんな状態の華を放っておけるほど、無情ではなかった。
良くも悪くも、それが篤紀だ。
「…お前、今どこにいるの?お前の旦那が、子供にまで暴力ふるったら危険だから早く避難しろ。」
篤紀は、最もなことを華に告げた。
「昨日…、何回か殴られて…、今日の朝私の実家に子供と2人で来たの…。今は母が子供見ててくれて、私は斜め向かいの公園…。」
いつもは、ハキハキと喋る華からは想像もできないほどの、静かな口調だった。
旦那の側に、二人がいないことがわかり、篤紀は幾分かホッとした。
「…篤紀…」
「どうした?」
華が自分の名前を呼んでくれるのは、久しぶりにだった。
こんな時なのに、そんなことに嬉しさを感じずにはいられなかった。
「…助けて。」
この一言で、篤紀の頭の片隅にあった詩衣のことは完全に吹き飛んでしまった。
「今すぐ行く。…華、そこで待ってろ」
篤紀が華の名を口にするのも随分と久しぶりにだった。
昔は毎日のように口にしていたそのフレーズを、呼ぶことがなくなってから、しばらくは寂しさを紛らわすので必死だった。
今、再びそのフレーズを口に出したことに、篤紀は確かに喜びを感じていた。
華の実家は東京の郊外にある。
付き合っていた頃、華を家まで送るとき、よくその公園で二人は話をした。
何回も口づけを交わした。
その場所へと、篤紀は急いだ。