思惑
詩衣が千里と買い物をしていたその日、篤紀は健人と飲みに出ていた。
何でも、健人のバーラウンジの店の近くに競合店がまた出来たらしく、偵察がてら付き合って欲しいと言われ、付き添うことにした。
つい一週間前、健人のせいで詩衣と面倒なことになってしまったのに、何事もなかったかのように誘ってくるあたりに、図太さを感じずにはいられない。
まぁ、その誘いを断れない自分も何とも情けないが。
「それで結局、うたちゃんに華のこと何も言ってない訳?」
どの口がそんなこと言えるんだ…と思いつつも、いつもの淡々とした口調で健人の問いに答えた。
「まあ、うたも何も聞いてこないし。」
疲れが溜まっているせいだろうか。今日はビールがやけに苦い。
「そりゃ、向こうから根掘り葉掘り聞けないだろう。お前が一言、華とのことは終わったことで、今はお前が一番なんだ…みたいなこ
と言えば、その気まずい雰囲気もすぐ元通りになるだろ。」
だから、気まずい雰囲気になってるのは誰のせいだよ…と、健人に言ってやりたいが、健人の言ってることも悔しいがあながち間違いではない。
詩衣はきっと待っている。
俺の口から、ちゃんと過去のことを話し、その上で今は華ではなくうたのことが好きなんだ、と言ってもらえることを。
実際、この一週間の間で、何度か詩衣に伝えようとした。
でもどうしても言えなかった。
それが何でかはわからないが。
「いっそのこと、結婚しちまえば?」
健人が唐突に放ったその言葉に、危うくビールを噴き出しそうになる。
「何言ってるんだよ、いきなり!」
動揺を隠せず、あたふたしている篤紀に対し、健人が諭すような口調で続けた。
「だってさ、心のどこかに華を忘れられない自分がいるから、胸はってうたが好きって言えないんじゃないの?だったらいっそのこと結婚して身を固めて、お前の中から華を追い出してしまえよ。」
と、健人はいつになく真面目な表情で言った。
確かにそうなのかもしれない。
うたと結婚して、もっと頭の中をうたのことでいっぱいにしてしまえば、今回みたいな些細なことで詩衣との仲がこじれる事もないのかもしれない。
しかし、結婚となると金の問題も出てくる。直ぐ様、現実の壁が立ちはだかった。
「いやいや、まだ無理だし。」
篤紀が答えると、急に健人がニタリと笑いはじめた。
「ふーん、でもお前あれだぞ?俺、うたちゃん結構好みのタイプだから。」
全く、この男の思考回路にはついていけない。
篤紀は、露骨に嫌そうな表情を取り繕い、しゃべった。
「友達の女はとらない主義じゃないのかよ?」
「基本はね。でもお前相手には違うだろ?華のことがあるんだし。」
それを聞いて篤紀の胸の奥はチクリと痛んだ。何だ、健人は全く気にしてないように見えてたが、多少は気にしてたのか。
「だからさ!」
急に今度は少々荒い口調で健人は言う。
「そんなことに何ないためにも、結婚すればいいんじゃないかと思うんだよ…俺は。」
健人が余りにも結婚を勧めてくるので、流石の篤紀も少しばかり意識した。
と、いうのは建前で本当は健人にうたをとられることを想像するとたまらなく嫌だった。
━自分は華をとったくせに。
「わかったよ。…前向きに検討してみるよ、結婚。」
その返事をきくと、健人は白い歯を見せるように笑った。
「応援するよ。」
そう一言だけいい、健人は残ってたビールを飲みほした。