心情
「それで?結局、篤紀くんにその…はなって人のことは何も聞かなかったの?」
千里が角砂糖をウエッジウッドのティーカップに落としながら、そう尋ねてきた。
詩衣はアールグレイを一口すすり、その問いに答えた。
「だって…悪いことしてる訳じゃないんだしさ。それに、なんて聞いていいかわからなくて…。」
千里と職場以外で会うのは久しぶりだ。
二人は午前中、ショッピングをし、疲れたので喫茶『砂時計』で休憩をしていた。
千里が、さきほどの角砂糖をティースプーンでグルグルとかき混ぜる。
かき混ぜ過ぎなのでは?…と詩衣は思ったが、千里の質問攻めは詩衣に突っ込む隙を与えない。
「そりゃ、悪いことしてる訳じゃないけどさ。彼氏の友達にそんな話聞かされたら気にならない?私なら本人に詳しく説明してもらうけどなぁ…。」
千里のティースプーンをかき混ぜるスピードが一段と速度を増している。
「まあ、ねぇ…。」
詩衣はそんな千里の手に、半ば目が離せなくなり、何となく煮え切らない返事を返した。
━煮え切らない。
それはまさしく、今の詩衣の心情そのものだろう。
あの日…、あの健人のバーラウンジに行った日。健人から篤紀の過去についての話を聞いた後、詩衣は何となく真っ直ぐ篤紀の部屋に帰る気になれず、コンビニに寄った。
お気に入りの雑誌の最新号を立ち読みしていたら、ついつい熱中してしまい、時計を見たら12時を回っていたので、急いで篤紀の部屋に帰った。
既に帰っていた篤紀は、ビールを飲みながら録画しておいた映画をみているところだった
。
詩衣に何か言いたそうではあったが、結局その日はお互いほとんど会話もなくすぐ眠りについた。
次の日からは今までとお互い何ら変わりもなく過ごしている。
あの日から早、一週間が過ぎていた。
そんな煮え切らない気持ちを払拭しようと、詩衣は話題を変えた。
「そういえば千里昨日休みだったよね?ミーティングで決まったんだけど、今度からうちの店舗、新聞とるらしいよ?」
突然の話題に頭がついていかないのだろう。
千里のティースプーンを動かすてはようやく固まり、ポカンと口を開けながら詩衣を眺めている。
詩衣は笑顔で付け足した。
「それでね、今度から毎月一人頭200円徴収だって」
ようやく頭が回転したのだろう。
千里は、頭からまるで湯気が上がっているかのように興奮している。
「なんで新聞?!ていうか経費じゃないの??」
詩衣は千里と対象的にサラリと答えた。
「さあね。店長の気まぐれ。」
「もぉ…ツイてない。こうなったらヤケ買いしてやる。詩衣付き合ってよね。」
言い終えると、千里は一気に紅茶を飲みほし、薄手のコートを手にとった。
詩衣も慌てて身支度をし、髪の毛を簡単に整えた。
二人が店を後にしようとした時、後方から子
連れの女の人が呼びかけてくる声が聞こえてきた。
二人が振り返ると、その女性は笑顔で二人に話しかけた。
「あの…忘れてますよ?」
その女性の白くて綺麗な手の中には、詩衣の携帯電話があった。その携帯には篤紀から貰ったテディベアのストラップがついている。
直ぐ様自分のだと確信した詩衣は、女性から携帯を受け取り、お礼を言った。
女性は優しく微笑み、自分がいた席へと戻って行った。
詩衣と千里は、砂時計を後にし、再び人混みの中へと紛れて行った。