真実
「詳しく…教えてもらってもいいかな?」
詩衣は覚悟を決めて、健人に言った。
この世には知らない方が幸せなことも多々ある。恐らく、今詩衣が健人に聞こうとしていることも、その類に入るだろう。
そんなことは詩衣も重々理解していた。
聞いてしまうことで、二人の関係に亀裂が入る…なんてことはないと思うが、少なくとも詩衣は今までと同じ目で篤紀を見ることは出来なくなるだろう。
そして、これからは「はな」という女性の存在を少なからず意識して過ごすことになるだ
ろう。
…それでも詩衣は知りたかった。過去に、篤紀と健人、そして「はな」の間に何があったのかを。
無性に知りたかった。
それがどうしてなのかは自分でもわからなかった。
「…奪ったっていうほどではないよ」
次の瞬間、詩衣の覚悟をぶち壊すかの様な軽い口調でそう呟いた。
詩衣は思わず肩の力が身体中から抜けていくのが自分でもわかった。このまま軟体動物にでもなってしまうのだろうか、というくらいの勢いで急速に身体が無重力状態に陥った。
自分の想像がいささか行き過ぎであったのだ
ろうか。
ともあれ、自分の恋人が過去に友人の恋人を
奪った訳ではないと解り少しだけ安心した。
健人は静かに、続きを話し始めた。
「うん。奪ったっていうほどではないんだ。
ええと…俺と華は大学1年の夏頃、サークルが一緒で。まぁ、なんて言うか俺が口説いて付き合い始めたんだ。」
言いながら、詩衣を横目でみた。
詩衣は軽く頷き、続きを促した。
「それで1ヶ月もしない内に、華への気持ちは薄らいでいったんだけど、それからしばらくして華から篤紀と付き合うって聞かされたんだ。」
詩衣は掌に汗が滲んでるのを感じた。
結局、それって篤紀が奪ったに違いないのでは…と思わず口にしてしまいそうになったが、健人が続きを話し始めたので、黙って聞くことにした。
「俺、こんなんだから華と付き合ってる間も数回浮気してたし…そのことを華は篤紀に相談してたみたいで。ほだされちゃったんだろうな。篤紀はそんな華をほっとけなかったみたいだ。まぁ、俺としては華が手におえないと思ってた頃だったから別によかったんだけ
ど。…とは言え、一言くらい言って欲しかったかな。」
言い終えると健人はスッキリしたのか、満塁ホームランを決めた時の少年の様な清々しい笑顔を詩衣にふりまいた。
「…辛くなかったの?」
詩衣は思わず口にした。
「まあ、華のことはどうでもよかったんだけどさ。篤紀が何も言ってくれなかったのは少し寂しかったかな。…同じ高校から、同じ大学に進学して、しかも学科まで一緒だったから俺的にちょっと感じるものがあったんだ。運命…なんて言ったら寒いけど。」
自分の台詞を振り払うかの様に、健人は続けた。
「とはいえ!篤紀も言うタイミング逃しただけだろうし。少し気まずい時期もあったけど、その後は3人結構仲良くやってたかな。だから別に、篤紀が奪ったっていうほどではないんだ。そもそも、浮気性の俺が悪いわけだし。」
健人は自虐的な笑みをうかべた。
健人の話を詩衣なりに理解した。結局、篤紀が奪った訳だが、本人がそれを否定しているので、もうそこには触れないことにした。
そして、詩衣にはどうしてももう一つだけ知りたいことがあった。
「どうして二人は別れたの?」
健人は少し眉を潜めたものの、詩衣の瞳を真っ直ぐ見つめ、そして喋った。
「簡単な話だよ。…今度は華が浮気したんだ。つまり篤紀が奪われたんだ。」