哀愁
スマートな挨拶、嫌味のない接客スマイル、完璧なまでのシェーカーをふる仕草…
この短時間の間でも、何故健人が女性にモテるのかが詩衣にはわかったような気がした。
そんな詩衣の内心など露知らず、健人は屈託のない笑顔で話しかけてきた。
「どう?美味しいでしょ。当店自慢の一品」
そう言って、健人はさきほど詩衣が注文したカルボナーラを指差した。
料理が趣味な詩衣にとって、大好物のカルボナーラはそこそこ腕前に自信があったが、このカルボナーラには完敗だ。
「うん!すごく美味しい」
詩衣のその返答に、今度は少年が母親に褒められた時の様な笑顔を浮かべた。
今日、詩衣が健人に会う事を即答した一番の理由は、過去の篤紀を知りたいと思ったからだ。
小学校の頃こそ、同じクラスだったためある程度は覚えているが、卒業してからのことは本人が何かのついでに喋る程度にしか聞いたことがない。
無論、ただの好奇心ではあるのだが、篤紀に対する愛情が日増しに強くなっていくにつれ、昔の篤紀を知りたい気持ちも比例して強くなっていった。
「健人さんって、高校と大学が篤紀と一緒だったんだよね?」
健人は軽く頷いた。
「昔の篤紀ってどんな感じだったの?」
詩衣からその質問がでるのは半ば健人も予想していたのだろう。
組んでいた腕を解いてから割と流暢に話し始めた。
「うーん、高校の時はあまり親しくなかったから、あまり印象にないんだよね。…敷いて言えば、根っからの野球少年だったことくらい」
言い終えてから、何か思い出したのか、付け足した。
「そういえば、甲子園!県予選の準決勝であいつサヨナラホームラン打ってたな。結局、決勝では負けたんだけど。」
話を聞きながら、詩衣はその光景を頭に描いていた。
「それじゃあ、大学時代は?篤紀の話だと野球は辞めたって聞いたけど。」
健人は同調しながら答えた。
「そうそう。野球はきっぱり辞めたな。まぁ華に夢中だったしな!…あっ…」
迂闊な事を口にしてしまったと健人は思ったのだろう。一瞬動きが止まった。
健人が軽率だと言われる所以はこの辺りにある。
実際、彼女の前で別の女の名前を口にし激怒された回数は、両手両足の指では足りない位の数である。
とはいえ、健人も馬鹿ではないので、それからは名前を呼ぶ時は「おまえ」と呼ぶように癖づけている。
「…はなって?」
恐る恐る詩衣が聞いてきた。聞き逃してくれていることを願った健人だが、神はそんなには甘くない。
嘘をついても詩衣には通じないだろうと悟った健人は、一息ついて話し始めた。
「大学の時付き合ってたんだよ、篤紀。元カノ」
過去に付き合った人の数人いてもおかしくはないことを頭では理解していたが、詩衣の胸の奥がチクリと痛んだ。…そんな気がした。
「そうだったんだ。…どんな人?」
そこまで詩衣が追求してくるとは、予想だにしていなかったんだろう。
健人はどの様に答えればいいのか迷ったものの、直ぐにベストアンサーが思いつくはずもなく、結局自分の率直な感想を述べることにした。
「うたちゃんとは、正反対のタイプかな。」
詩衣は、自分がどんなタイプなのか自分自身理解しているわけではないため、健人の応えが今一ピンとせず、首を横に軽く倒した。
そんな詩衣の様子を見て、健人はつけたした。
「うーんと、なんて言うか…人を散々振り回すタイプかな。悪気はなく天然でなんだけど。篤紀にはそれがあってたのか、2年くらい続いてたな。まあ、俺は直ぐにアウトだったけど」
━━━俺は?
今度は健人の答えたがよくわからなかったのではなく、言っていること自体詩衣には理解できなかった。
「…俺はって?」
詩衣は真っ直ぐに健人を見つめた。その眼差しにはいささか鬼気迫るものを感じる。
今度は健人はなんて事もないような感じで話し始めた。
「篤紀と付き合う前、俺も華と付き合ってたんだよ。」
その健人の表情はどこか哀愁漂うものがあった。
詩衣は必死に思考を働かせ、そして詩衣の頭をよぎった一番最悪のパターンではないことを願い、声が震えるのを健人に悟られない様に問いかけた。
「…健人さんも付き合ってたってどういうこと?………篤紀が奪ったの?」