誠実
「佐々木健人って…ササケンさん?」
詩衣は携帯電話を右手から左手に持ち直した。
「そうそう、高校の時はあだ名はササケンだったな。詩衣、知ってるんだ?」
「知ってるってほどではないけど…名前は聞いたことあるかな」
そう答えながら詩衣は思った。実際は知っているなんてもんじゃない。
詩衣の地元の青森で、健人はちょっとした有名人だった。
と言ってもいい方で有名なのではない。悪い方でだ。
健人は女癖が非常に悪く、彼女をすぐにとっかえひっかえすることで有名だったのだ。当時、市内の女子高生の間では「北高のササケンに気をつけろ」という合言葉ができたほどだ。
事実、詩衣の高校の同窓生にも数人被害者がいた。
そんな噂があるだけに、篤紀と健人が友人だと聞き正直驚いていた。誠実な篤紀のタイプとは合わないような気がしたからだ。
「それでさ、健人がうたに会いたいって言っ
てたんだよね」
「それなら…わたしは別に構わないよ。篤紀の友達に会えるのは嬉しいしね。」
少々抵抗があったものの、篤紀の友達に自分を紹介してもらえるのは素直に嬉しい。
それに詩衣は、篤紀の友達がどんな人なのかを知りたいと思った。
「ありがとう。うた今度の日曜日非番だったよな?それじゃあ、その日に健人がバイトしてるバーラウンジに連れて行くよ」
「わかった。…おやすみなさい。」
「…おやすみ。」
詩衣は会えない日にする電話も好きだった。いつもよりも少しだけ低く聞こえる篤紀の声や、普段よりもずっと耳元に近いところで囁かれるのが新鮮だからだ。
電話を切った後、詩衣はそんなことを考えていた。ずっと考えていた。
心がホッカイロみたいに温かくなった。