プロローグ~見知らぬ森にて~
森にいた。
実に不思議な森だ。
植物がうっそうと茂っているだけで、動物の気配は皆無。
そして辺りには霧が立ち込めており、言葉では表現できないような雰囲気が演出されている。
「助けてほしいの」
唐突に背後から声が聴こえた。
まるで小鳥の囀りのように澄んだ、美しい声だ。
振り向くと、僕の目は数メートル先に少女を捉えた。
その少女は人間とは思えないほどに美しかった。
腰まで届く綺麗な黒髪。
芸術品のように白い肌。
それを強調するかのような漆黒のドレス。
何より、僕を見つめる綺麗な瞳。
「助けて…くれないの?」
そして僕は気づいてしまった。
彼女が人間離れしているのは外見だけではない。
彼女はきっと常人には耐えられないような『悲しみ』を背負っている。
いや、『悲しみ』というより『嘆き』という方が正確かもしれない。
それほどに彼女の負の感情は強大だった。
「そう…。
なら私は行く。さよなら」
彼女はゆっくりと僕から遠ざかってゆく。
足音も聞こえないくらい静かに。
僕は彼女を引き留めようとした。
彼女の言っていることはよくわからない。
しかしこのままでは、彼女は必ず道を踏み外す、
僕は直感的にそう思った。
しかし、それはできなかった。
僕は声を出すのはおろか、
指一本動かすことさえできなかった。
(待って…行っちゃダメだ…)
僕の思いは決して届かない。
彼女はもう見えなくなっていた。
そして僕は…