第31話 茂崎の二つの迷宮。
新章開幕、章タイトルと今話タイトルが同じなのは仕様です。
※つまりその話しかやるつもりがない、はず。多分脱線はする。
茂崎町には、町の規模に見合わぬ迷宮が二つある。
どちらも未踏破迷宮だ。
茂崎第一迷宮は、リケラが今住んでいるアパートの近く、オレんちよりはやや遠いが、前のバイト先のあった場所に入り口がある。
こちらが姉ちゃんが入り浸っていた迷宮で、現在の踏破階層は姉ちゃんとリケラが達成した65層だ。
もう一つの茂崎第二迷宮はというと、オレが通っていた医科薬科大学の跡地に入り口があり、こちらの踏破記録も、姉ちゃんとリケラの55層だって。
ただ、こっちは一回通しで55層まで行ったきりで、そのあと攻略としては行ってないとのこと。
ドロップアイテムはどちら側でも、薬草に始まってポーション原液やら薬の素材になる生物鉱物素材各種、だそうだ。
そして茂崎の両迷宮では、生で食える、食品と呼べるものは一切出ない。
この食べ物が完全持ち込みという仕様と、出口専用の転送魔法陣はあっても、中途から入れる方が存在せず、毎回1層から挑まねばならないという二つの理由で、こちらの攻略は大きく滞っているのだそうだ。
……65層で『滞ってる』って、100超え確定でもしてるんだろうか?
「多分100だとは思うのよ」
そしてこの疑問への姉ちゃんの回答は、微妙にキレが悪い。
「多分?」
「推定を確定にできるだけの材料が、65層でもまだ足りないの」
今日はリケラは自分の家から研究所の方に行っているので、姉ちゃんと二人で朝飯だ。
白ご飯に干物を焼いた奴、味噌汁にはキャベツとじゃがいもとトマト。
干物だけオレの収納に入ってた白身魚の開きだ。イトヨリダイに姿が似てるけど、魚の名前、忘れちゃったなあ。
「推定材料ってどんなものなの」
「モンスターの質と密度とか凶暴性とかの平均とあとなんだったか……そういうのはリケラに大体お任せだったから、あたしじゃ何とも言えないのよね」
「ああ、なんか調査する手段とかありそうだよねエルディムの人」
少なくとも、地球人よりエルディム人の方が迷宮には詳しいはずだ。
なんてったって、あちらが迷宮とやりあってた元祖だそうだし。
朝食の後は個別行動だ。
といってもオレはリケラの研究所だという場所に赴くだけだが。
以前口約束だけしていた、掃除のバイトだね。
姉ちゃんのほうは久しぶりにソロってくる、と茂崎第二迷宮に向かった。
ソロで日帰りだから20層くらいかなー、と呑気に語っていたけど、結構突っ走れるんだなあ。
リケラのいる研究所という建物は、地球とエルディム世界が融合した時に、エルディム側の建築物が残った、数少ない例らしい。
地球側が運よく更地だったんで残ったんだそう。
オレもその空き地の事はまだ何となく程度には覚えてる。
確か大規模ショッピングモールを再開発で入れようとしたら地権者の一部とモメて更地のど真ん中に一軒だけボロい家が建ってるって構図になってたはず。
そしてマップのナビで辿り着いたそこには、高さの違う大きな円筒をいくつも組み合わせたような、独特の形状の大きな建物があった。
三角に尖った屋根は黄色からオレンジのグラデーション、壁はといえば植物が絡まった、緑各種のグラデーションだ。
多分本来の壁も緑色系なんじゃないかな、ほぼ見えないけど。
そういや更地の真ん中の家は、と思ったら、大きなエルディム式建築に跨がれたような格好で、なぜか新築みたいな小ぶりな日本家屋が一棟。
接近したら、ぶすっとした顔の爺さんが、日本家屋の前に突っ立っている。
「おはようございます。そちらの丸い建物の入り口はどちら側ですか?」
「あんたもあいつらの身内かよ。ウチじゃなくて裏だよ!」
「ありがとうございます。初めて来たので、助かります」
不機嫌そうな顔ながらも、ちゃんと教えてくれたので、お礼を言って裏手に回る。
あの人があの家の主なら、本来ならこの近隣の地主さんだったはずだから、いきなり沸いた建物に不機嫌になるのは判らなくもないからなあ。
五年も経ってるのに、とは思わないよ。ショッピングモールの件では五年どころじゃなく揉めてたんだし。
裏に回ったら、瀟洒な金属のフェンスに絡む、極彩色の花が咲く蔓草。
そのフェンスの真ん中に、これも金属製の門扉があるのでそこを目指す。
なるほど確かに日本家屋の真裏だな、ここ。
門の向こう側には既にリケラが待っていた。
「おはよう少年!あっちの爺さん変な事言わなかった?」
「いや?不機嫌ではあったけど、間違ったことは言われてないね」
「……気にいられたなあ?」
そうなん?
あまりそんな雰囲気にも見えなかったけど。
リケラに案内されて屋内に入る。
内装は思いのほか普通の、淡い色の漆喰壁と木材の組み合わせの、但しくねくねと曲がる廊下と、部屋の扉。
思いのほか天井が高い。よほど背の高い人でもいるんだろうか?
「ここがアタシの研究室」
ドアの一つを無造作に開くリケラに招き入れられたのは、建物の外観からは少しイメージがはずれた、四角い白い部屋だ。
「思いのほか研究室らしさがある?」
「こっちの研究施設を参考にして模様替えしたからね!実際この形式にしてから捗るんだ」
なるほど、元の形式より優秀だと判断したら積極的に取り入れるタイプか。
「じゃあ早速だけど、シャーレの中とあそこの、それとこっちの機械の中は除外で清掃よろ!」
「はいはい、除外指定確認、〈クリーン〉」
元からさほど汚れていた印象はなかったんだが、クリーンの魔法の感触も、見た目通りごみやほこり、雑菌の類は多くはない、という判定だ。
「……おお、本当に指定きっちりできるんだ!流石」
「便利だからな、使えるときには使って熟練させとくもんだ」
これはオレの知っているどの魔法でもだいたいそんな感じ。
熟練度ってのは今までいたどの世界においても、表向きはさておき、ひっそりと確実に存在する要素だったからな。
「少年、意外と努力型だな?」
「意外でもなんでもない。
……オレは天才でも秀才でもないから、努力するしかなかった。
リケラは今のオレ、っていう結果しか見てないから、意外なんて思うんだろうけど」
そうだとも。識字障害なんてものを抱えたまま、大学まで行こうとした段階でも、自分でも無茶なことしているって自覚はあった。
そして最初に召喚された世界での勇者適合の時だって。
う、嫌なことを思い出した。忘れていいぞそれ。
「……なるほど、見えていない部分は勝手に推し量るものではない、か」
「まあここ暫くは努力系のなんかって、なにもしてなかったけどな」
熟練度や技量が測れるものはもうだいたいカンストしてたからなぁ。
この百年ほどで真面目に熟練度を上げたのは空間魔法だけだから!
それですら、どっちかというと実務で勝手に上がった感じだったからなあ。
大巫女のねーさん容赦なくコキ使ってくれたし!世界有数の金持ちらしくて払いもよかったけど!
「ところで、今日はアズは迷宮ソロ?」
「夕方には帰るとは言ってたけど、茂崎第二行ってる」
「じゃあ夕方まで君、フリーだな?魔法の話とかあれこれしよっか!」
「ああ」
リケラの言葉に頷く。
明日から多分また、今度は茂崎のどっちかに潜る準備だろうから、説明できるものは今のうちがいいだろうしな。
思ったより迷宮の話をしてなかった……
そして属性が微妙に積み増しされるどこぞの巫女さん。




