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闇に潜む女  作者: 大窟凱人


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3/6

死窓

 町のはずれ、生い茂る雑木林の奥に、かつて惨殺事件があったと噂される二階建ての廃屋がある。


 その廃屋の二階の突き当たりの部屋にある窓を覗き込むと、自分の死に様が見えるらしい。


 俺の地元にまつわる、都市伝説の類だ。 

 

夏、大学の友達と「行ってみようぜ!」って話になった。そういうノリだったんだ。刺激が欲しかったんだろうな。車の免許取り立てで遊びたかったのもある。それに、自分が最後にどうやって死ぬかなんて……気になって仕方がない。もしかすると未来を知ることで回避できるかも。


 そして今、俺たちは不気味に佇んでいる噂の廃屋の目の前までやってきていた。


「タクマ……マジで行くのかよ」


 ユウトが言った。


「ビビんなって」  


 俺は怖がるユウトに笑いかけ、懐中電灯を片手に歩き出した。 


 ユウト、ショウ、カズキの三人が後に続く。夜の静寂を切り裂きながら俺たちは廃墟に侵入した。


 廃墟の内部は、想像以上に荒れ果てていた。   


 空気は湿り気を帯び、カビと埃が混ざり合った独特の腐臭が鼻をつく。 


 ボロボロの壁にはスプレーで描かれたグラフィティ風の落書き。足元には、かつて何かの役目を果たしていたであろう角材や、割れたガラス、バラバラになった家具の破片が散乱している。


「怖~……昼間でよかったんじゃね?」


「昼間じゃ明るくて何も映らねえんだよ」 


ショウが肩をすくめ、カズキが返した。


 ギィ、ギィと、今にも穴が開いちまいそうな階段を一段ずつ上り、俺たちは二階の最奥にある部屋にたどり着いた。


「……これか」 そこには、噂通りの窓があった。


 埃まみれの空間なのに、ここだけあまり汚れてない。鏡のように滑らかで、自分の姿が現実以上に鮮明に映っている。すげえ存在感……ん? 今何か……。


 一瞬、窓に映った自分の姿が遅れて動いたような。


「タクマ何突っ立ってんだ?」


 カズキが言った。


「なんでもない。じゃあ……いくぜ?」 


 言い出しっぺの俺が先陣を切る。


「お、おう」


「どうせ映んないでしょ……」


「次オレな」


 順番に一人ずつ、その窓の前に立った。   


 少しして、俺たちは窓を覗き込み終わった。 


 何が見えたか話そうとした。だが、俺以外の三人は一歩、また一歩と俺から距離を取った。 


 その顔は青ざめて、震えている。


「お、おい。なんで離れるんだ?」  


 三人とも俺をじっと睨んだ。警戒どころか……敵意すら感じる。


「どうだったも何も……! 殺されてたんだよ! お前にな!」


 ユウトが叫ぶように言った。


「は? 何言って――」


「俺もだ!」


 ショウが続けて言った。


「お前に、その角材で頭を叩き潰されてた!」


「俺も……タクマにメッタ刺しにされてた……」


 カズキが後退しながら、足元の木材を拾い上げた。


 なにしてんだよ。それでなにするつもりだよ。


「お、俺が見たのは違う! 俺が見たのは、お前ら三人になぶり殺しにされている姿だった! 矛盾してる! 何か変だ! 俺がお前らを殺すと思うか? 落ち着け。冷静になれ」


 俺が窓の前に立った時に映ったのは、背後からこいつらに掴まれ、腕を千切られて、喉を潰されていく。そんなホラー映画の残虐シーンみたいな光景だった。俺だってお前らが怖い。待ってる間気が気じゃなかった。でも、そんなことあるわけない。何かの間違いだって、そう信じて我慢してたのに!


「なななな、舐めんな……殺される前に、やってやる……!」


「裏切者が……死ね、死ね、死ねぇ!」


「ふぅ……うぅぅ」


 まったく聞いてない。それどころか、目がおかしい。焦点があってねえし、よだれ垂らしまくってる。狂犬病の犬みたいだ。


「あぐあぁぁぁ!」


 呂律の回らない絶叫。 


 よだれをまき散らしながら、三人が一斉に襲い掛かってきた。


「ぐっ」


 ガツン、と頭に衝撃が走る。 


 ユウトの振るった木材が俺の額を割った。視界が真っ赤に染まる。 熱い。燃えるように。 


 滴り落ちる血を見て、防衛本能が瞬時に判断した。


 ――殺される。 


「う、あああああああ!!」  


 俺は手近にあった鋭い角材をひったくると、突進してきたショウの腹部に突き立てた。   


 柔い肉の感触……そして生ぬるい返り血が顔に飛び散る。 


 ショウはそのままよろめき、


「ふっ……あ……」


 崩れ落ちた。


「――っ」


 生まれて初めて人を刺してしまった。それも、親友を。


「殺す……殺す……」


「よくもやったな人殺しがぁぁぁぁ!!」


 残るは二人。胸のざわつきが止まらないが、今は押し殺すしかない――


 ユウトとカズキが左右から同時に襲い掛かる。 


 上からの一撃を左腕で受け止め、肉を削られながらも、俺はカズキの眼球めがけて角材を槍のごとく突き出した。 ぐしゃり。


 ――あっ。


 眼球が潰れる嫌な音がして、カズキは絶叫しながら床をのたうち回り、やがて動かなくなった。く……くそ……。


「はぁ……はぁ……はぁ……」  


 ユウトと俺はにらみ合った。 


「死ね……死ねよ……タクマ……」  


「な、なあ。正気に戻ってくれよユウト!!」


「黙れ黙れ黙れ! 殺す殺す! ぶち殺す!」 


 俺とユウトは同時に動き出した。 


 剣道の試合のような一瞬の交差。


 わずかに俺の振りの方が速かった。  


 角材のささくれた先端が、ユウトの首筋を深く、無慈悲にえぐり取った。


 静寂が戻った部屋は、地獄の様相を呈していた。  


 転がっている三つの惨殺死体。床も壁も真っ赤だ。 


 俺は友達を殺してしまった。な……なんてことを。


「あ……ああ……」


 違う。俺のせいじゃない。俺は悪くないだろ。正当防衛だ。でも殺した。殺した。殺した。殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した!


 胸の動悸が止まらない。罪悪感にはらわたを焼き尽くされそうだ。


 静寂の戻った部屋の中に、俺の呼吸がぜえぜえと響いていた。


 うううう……なんで……なんでこうなった?


 そうだ。あ、あの窓のせいだ……! こいつらみんな、正気を失ってた。あの窓を見た途端、おかしくなった。


 三人とも、俺に殺される姿を見たって言ってた。 なのに、俺が見たのは逆。こいつらに殺される姿。


 この窓は、死の予言をしているんじゃない。俺たちが殺し合うように誘導したんだ! しかも、気が変になるような何かを仕掛けている。


「クソが……!」 


 俺は窓を睨みつけた。


 そこには、血まみれの角材を握りしめ、返り血を浴びて、肩で息をする俺が映っていた。


「あ?」


 背後に人。


 窓の中の俺のすぐ後ろには、死んだはずのユウト、ショウ、カズキが、殺された時のままの無残な姿で立っていた。  


 三人は、窓の中からじっと俺を見つめている。 


 穴の開いたような真っ黒な目だ。それに、寒い。冷気を感じる。窓の方からだ。


 三人と目が合った。 


 すると急に、彼らの口が、音もなく動き、口角があり得ないぐらい持ち上がって……笑った。


 総毛立つ。全身に戦慄が走った直後、窓から白い腕が伸びた。 


 体中を掴まれ、顔を削がれ、腕を千切られた。なぶるように。喉も掴まれて潰されたから叫ぶことさえできなかった。 


 窓に映った俺の死に様は、最初、窓を見た時に映っていた光景とまったく同じだった。


 やがてバラバラにされた俺は、窓の中に引きずり込まれてしまった。


 誰もいなくなった部屋で窓は、俺たち四人が笑う姿を映し出していた。


「「「「ヒヒ。ヒヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!」」」」


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