第六話
「あの、何か誤解があるようですが」
「誤解って言うか、結婚式の準備どうしようって言うか……」
「結婚式の準備が遅れているのですか?」
「あ、それは今のところ順調だって……、え?」
「え?」
どうにも噛み合わない会話に、ヴォルフとローザは一度話を整理しようと互いに視線を合わせて頷いた。
「先ほど、代理結婚式と。既に結婚式を挙げたって事で合っていますか?」
ヴォルフの質問に頷いて肯定したローザは返す言葉で尋ねた。
「その通りですが、もしやこちらには代理結婚式の風習がないのですか?」
「聞いたことないですね」
「やっぱり」
そしてローザは代理結婚式についてヴォルフに説明した。
曰く、代理結婚式とは王都から遠方に嫁ぐ場合に執り行われるもので、遠方故に親族が婚家での結婚式に参列することが難しい場合に採用されるという。
このベルガー子爵領は王国のど辺境であり、田舎代表のような土地だ。
例え愛する娘の結婚とはいえ、王都に住む貴族が結婚式の為にこちらまでやってきてまた王都に戻るというのは、時間や費用もかかるし何より道中の安全面を考えても現実的ではない。
だからマリアは王都で代理人(大体兄や弟など親族の誰かが花婿役をやる)と仮の結婚式を済ませて、こちらの領地に一人でやって来たという訳だ。
勿論こちらの領地で正式に結婚式を挙げる。むしろこちらが本番である。
「へー、そういうのがあるんだなぁ」
ヴォルフは素直に感心して、なるほどなと納得した。
彼も歴としたベルガー子爵領民であり、子爵の側近という名目はあるが本質はやはり傭兵だ。
仕事のための遠征に慣れきっているヴォルフには「遠すぎて行けない」という感覚が麻痺していたので、そんなことは全く思いも寄らなかったのだった。
大体、代理結婚式というのも元々は王都のしきたりであるので、こんなど田舎では知られているはずもない。王都からの嫁入りだって今回が恐らくベルガー子爵領初の事だ。
ローザの説明で結婚式の準備は無駄にならないのだとわかり、ヴォルフは良かったと安堵の息を吐いた。
それを見てローザがくすりと笑う。
「フェルゼン様は子爵様をとても大切に思ってらっしゃるのですね」
「そんな鳥肌が立ちそうなことは言わないで下さい。……まぁ、あいつも領主としてこれまで色々苦労はして来てるんで、少しは幸せになったら良いなとは思いますけど」
これでも乳兄弟なんで、とヴォルフはぞんざいな口調で言ったが、ローザの目にはそれが照れ隠しである事は明白だった。
「侍女殿だってあのお嬢様の事が大好きじゃないですか。こんな田舎までついて来るぐらいですし」
話を逸らそうとヴォルフが言えば、ローザはそうですねと微笑んだ。
もしかしたらいつの間にかヴォルフがマリアの事を令嬢からお嬢様と呼ぶようになっているのに気付いて、親しみを感じたのかもしれない。
「実は私、身寄りが無いんです。だから身軽で」
「えっ」
「家族は皆、流行り病で亡くなりました。一人で稼いで生きる為に家庭教師になったんです」
「申し訳ない。無神経な事を言いました」
「構いません。お嬢様は、私の事を家族だと仰って下さいます。私にとって唯一の大切な家族なら、私はどんな場所だろうとお供しますわ」
当然でしょうとローザは微笑んだが、その笑みの裏にはきっと様々な思いが滲んでいるのだろう。
ヴォルフはその笑顔を知っていた。
誰かのためにと強い決意から浮かぶ笑顔。
それは、領主であるベルンハルトを支え、他領に侮られてなるものかと飄々とした態度を取る己と根っこはきっと同じものだ。
(強い女性だな)
そう思った瞬間、ヴォルフの胸の奥がほのかに熱くなってドクンと跳ねた。
(あれ……?)
これはまさか。いやそんな。嘘だろ、マジで?
反射的に胸元を握ったヴォルフに、ローザはどうかなさいましたかと首を傾げた。
「何でも! 何でもありません! ははは、俺そろそろ行かなくちゃ。それじゃまた!」
「はい、また後程」
バタバタと慌ただしくその場から駆け出したヴォルフの頭の中は、今や混乱の極致に達していた。
(嘘だろ嘘だろ! そう、気のせい! 気のせいだから! こんな、こんな事で、こんな簡単に、なんか、そんな感じになったりしねぇだろ、普通! 俺そんな軽い男だったか? 気のせい気のせい気のせい! じゃなかったら気の迷い! 落ち着け! 頭冷やせ!)
そのままヴォルフは裏庭にある訓練場に飛び込み、数百回に及ぶ剣の素振りと各種筋トレをする事で何とか叫び出しそうになるのを堪えたのだった。
一方、廊下に残されたローザがヴォルフの背中を目で追いかけながら少しだけ眩しそうな顔をした事を、本人は知る由もない。
もしかしたらローザ自身気が付いていないのかもしれない。
しばらくすると、ローザはパッと視線を上げて庭へ向かう為に歩き出した。
「さすがにそろそろ朝食になさって頂かないとね」
庭園で今度は蝶々を追いかけ始めた二人を窓からちらりと見てローザは肩を竦めた。
成金令嬢と陰口を叩かれ、お茶会や夜会の度に辛そうな顔を悲しげな笑顔で隠していたマリアは此処には居ない。
一目惚れした相手とこうして再会出来て、そしてその相手とこの短期間であんなにも仲睦まじい様子を見せている。
王都で財産目当ての婚姻など結ばれていたらこうはいかなかっただろう。
(本当に良かった)
独りぼっちになったローザを拾い、家族のように接してくれた大切なお嬢様。
彼女が幸せに笑ってくれる事こそ己の幸せである。
カツンとヒールを響かせ、平和な一日の始まりを感じながらローザはゆっくりと愛すべき主人の元へ向かうのだった。




