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ベルガー子爵領結婚騒動記  作者: 文月黒


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2/5

第二話

「待てって! おい、ベルンハルト!」


 ずんずんと大きな歩幅で屋敷の廊下を歩くベルガー子爵を追い掛けながら、その騎士、ヴォルフ・フェルゼンは乳兄弟ゆえに許された気やすさで子爵を呼び止めようと努めていた。


「なぁ、ベルンハルト。ちゃんとお前が迎えてやらないと! 男爵令嬢はお前の花嫁なんだぞ」

「無理だろう。彼女は俺を見て悲鳴を上げるほどだぞ。怖がられるのには慣れている」


 ベルガー子爵ことベルンハルト・フォン・ベルガーは、戦場で培った鋭い眼光に加え、この国の男性平均身長をゆうに超える熊のような立派な体躯と常に滲み出る威圧感を備えた男だった。

 領民らは慣れているので気にもしないが、他領の人間はまずベルンハルトの身長の高さに驚き、鍛え上げられた体躯に怯み、そしてその射抜かれそうな眼光からなる覇気に逃げ出すのである。

 あのように小さくて可憐な娘は、自分のようなデカくてむさ苦しい男など初めて目にしたに違いない。

 あれ以上怖がらせたくなくてあの場を離れたのは、決して間違いではないはずだ。

 ベルンハルトは、こんな状態で本当に結婚式を執り行えるのかと不安になったが、ここまできて辞める方が手続きが大変だろう。

 諸々を考えて重苦しく溜め息を吐いたベルンハルトにヴォルフが言った。


「つーかさぁ、怖がらせたくないんだったら、お前のその格好は何なんだよ」

「見ての通り正装だが。お前が花嫁を迎える時は正装でと言ったんだろう」

「あのなぁ」


 やれやれと首を振りながら溜め息を吐き、ヴォルフはぐいとベルンハルトのマントを掴んだ。


「戦時中か軍人でもなきゃ、世間様は戦装束を正装とは言わないんだよ」

「傭兵はダメなのか」

「傭兵は正規の軍人じゃないもん」


 ヴォルフの指摘にベルンハルトはじっと己の出立ちを見下ろした。

 白銀の鎧。毛皮の襟付きマント。籠手に精緻な彫刻を施した具足に至るまで、最上級のもので揃えたお気に入りの品々であった。

 愛用している大剣は令嬢が怖がるかもしれないと思って佩刀しなかったが、剣帯は無いとかえって落ち着かないので装着している。

 花嫁を迎えに行く際、ヴォルフに一番良い正装で出迎えるようにと言われたので用意したものだ。


「……ダメなのか?」

「良い理由あるか? 何でそんなごりっごりの戦支度しちゃったの? お前にとって結婚って戦なの? ていうか誰か止めなかったのか?」

「皆カッコいいと言ってくれたんだが……」

「これだからベルガー領民はよォ!」


 ヴォルフは思わず渾身の力を込めてベルンハルトの腹を殴りつけたが、残念ながら鎧と強靭な筋肉に覆われたベルンハルトには微塵もダメージを与える事は出来なかった。


「王都の箱入り令嬢が、嫁ぎ先で出会い頭にそんな気合い入った戦装束見せつけられたら、そりゃあ怖がりもするだろうさ」

「では何を着ろというんだ」

「普通に夜会で着るような礼服を着ろ!」

「あんなに頼りないものをか!?」

「防御力で考えるのやめような!」


 ベルンハルトとヴォルフがそんな不毛な言い争いをしばらく続けていると、令嬢付きの侍女が一人でやってきてこほんと咳払いをした。

 この国において、女性のこの仕草は私の話を聞けというサインである。

 即座に男二人が口を閉じ、侍女に視線で話を促せば、彼女は至極真面目な顔で問うた。


「ベルガー子爵にお尋ね致します。子爵は、その……可愛らしいものはお好きでいらっしゃいますか?」

「……は?」


 全く予想外の質問に、ベルンハルトは腹の底から疑問符を吐き出した。渾身の「は?」であった。

 戸惑った様子を隠せないベルンハルトとヴォルフを見て、令嬢付きの侍女は冷静に、ではご説明致しますと言って話を始めた。



 ──つい先程の事だ。

 子爵が馬車停めから去り屋敷へと戻った後で、侍女のローザは他の使用人達に見守られながらそっと男爵令嬢に声を掛けた。

 馬車の中からは相変わらず令嬢の泣き声が聞こえていたが、最初に比べたら随分と小さくなっていたのでそろそろ頃合いかと判断したのだ。


「お嬢様。子爵様はお屋敷にお戻りになられました。どうか馬車からお降り下さいまし。せめてお部屋に入ってお休み下さいな」


 男爵令嬢の侍女にして家庭教師でもあったローザが、何をそんなに泣いているのと優しく話しかければ、少しの沈黙を経て中からくぐもった声がぼそぼそと返って来た。


「し、子爵様は、きっと、私を見て呆れてしまったに違いないわ」

「どうしてそんな風に思われたのです?」

「だって! だって! 私、子爵様のお好みも考えずに、こんな、ふりふりでふわふわのドレスで来てしまったのよ!」


 言葉と共にバンと勢いよく馬車の扉が開き、転がるように令嬢が降りてくる。

 エスコートも無しに馬車のステップを踏み、最後の段からぴょんと地面に降りたラカン男爵令嬢は、泣き腫らした真っ赤な目に涙を浮かべて続けた。


「私、本当に楽しみにしてたの。だから浮かれてしまったのよ。子爵様に少しでも可愛く見られたくて、王都で一番人気の仕立て屋に、とびきり可愛いドレスをお願いしたの。レースもフリルもリボンもたくさんの」


 ラカン男爵令嬢の言葉通り、ドレスには高価なレースやリボン飾りがふんだんに使われ、令嬢は芍薬の花をひっくり返したようなふわふわと可愛らしい出立ちだった。

 そんな立ち姿に加え、淡い髪色とどこか幼い顔立ちが余計に愛らしさを引き立てている。

 可愛いの化身、とベルガー邸の使用人の一人が呟いた。


「えぇ、えぇ、大変可愛らしゅうございますよ」


 侍女も心から今日もうちのお嬢様が世界一可愛いと思いながら頷いたのだが、令嬢はくしゃりと顔を歪めてポロポロと涙を流し始めた。


「子爵様のお姿を見た? 鎧も凛々しくて、華美な装飾のない落ち着いたデザインがとてもお美しかったわ。私の、こんな子供っぽいドレスじゃ、不相応過ぎてとても横を歩けない……。私、恥ずかしい……。穴があったら入りたいわ……」


 子爵夫人になるのだというのに、立場も弁えず自分の趣味を優先したデザインのドレスで来てしまった事を恥じ、ラカン男爵令嬢はスンスン泣きながら再び馬車に閉じこもろうとステップに足を掛けた。

 それを使用人達が何とか阻止して部屋に案内したのである。




「……ご理解頂けましたか」


 話し終えた侍女ローザが真剣な顔付きで問う。

 なるほどとヴォルフは深く頷いたが、肝心のベルンハルトはきょとんとしている。

 今まで初対面の人間に怖がられなかった事が皆無であったので、令嬢が自分と会うのを楽しみにしてめかし込んできたという事実をいまいち理解出来ていないらしい。

 そんなベルンハルトに気が付き、ヴォルフはわかんねぇのかよ!と脇腹を小突いて真正面から叫んだ。


「今すぐ可愛いって言え!」


 その言葉に、ベルンハルトは眉を顰めてヴォルフを見た。


「お前、正気か? 断る」

「いや俺にじゃねぇよ、この馬鹿」


 ヴォルフは今までの流れ読めよとベルンハルトの脛を蹴ったが、彼の脛は武具に守られていたのでこれもまたダメージを与える事は出来なかった。

 逆にヴォルフは爪先がちょっとだけ痛くなった。

 小さく舌打ちしたヴォルフだったが、ローザが口を開いたのでそれ以上の悪態はつかずに大人しくベルンハルトの横に控える。

 ローザは真剣な、むしろどこか鬼気迫るといっても差し支えない表情で問うた。


「それで、子爵様は可愛らしいものがお好きですか? 具体的に申し上げますと、うちのお嬢様は子爵様からご覧になっていかがでしょうか?」

「いかがかと言われてもな……」


 先ほどちらりと見えたラカン男爵令嬢は仔兎のように小さくて愛らしくて、こんなに可愛い生き物がこれまで無事に生きて来られたのは神の加護が幾重にもあったに違いないと確信する程ではあったが、そんな事はラカン男爵令嬢からしてみれば至極当然の事であるだろうし、敢えて口にする程の事ではないようにベルンハルトには思えた。

 むぅと口を引き結んで言葉に迷っている様子のベルンハルトに、焦れたヴォルフがローザに続いて問い掛ける。


「なぁ。お前から見てあの令嬢は可愛かったか?」


 その問い掛けに、ベルンハルトは何を言っているんだと呆れた顔になって答えた。


「は? お前の目はいつから節穴になったんだ。可愛いなどというありきたりな言葉で表現出来るものではない。そんなレベルは軽く通り越している。いっそ尊い。宗教画か何かか」

「アッ、物凄く気に入ってるやつだコレ」


 どうやら相手に悪感情はかけらも持ってはいないと確信し、侍女ローザと騎士ヴォルフはベルンハルトに改めて令嬢との挨拶の場を設けるよう進言した。

 二人の熱心な説得に、これから結婚する相手でもあるのだし、子爵として挨拶もろくにしないというのもやはり失礼だろうとベルンハルトも頷いて、令嬢が休んでいる部屋へ向かう事を了承した。


「……おい、ベルンハルト。お前何持ってるんだ?」

「見てわからないか。兜だ」

「何でそんなモン持ってんだよ! 置いてこい!」

「しかし、令嬢は俺の顔を怖がりはしないか」

「兜の方が怖いだろ!」

「大丈夫、大丈夫ですから! お嬢様は子爵様のお顔を存じ上げておりますので!」


 令嬢の部屋に到着するまでにヴォルフがベルンハルトから兜を取り上げて、ついでに胴鎧を外させる。

 ベルンハルトは、防御力が下がったなとほんの少しだけしょんぼりしながら、男爵令嬢の部屋に続く廊下を歩くのだった。

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― 新着の感想 ―
 激しくすれ違っていますが、どうやらお互いへの好感度は高かったようですね。ニヤける顔が止まりませんでした。
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